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特別連載
KAWSBFF

「KAWSがロンドンにやってきた!ヴァーチャルアートの可能性とダークな顔」ロンドン発信、バンクシー本の著者が見た現代アート#8

特別連載

あの覆面アーティストを街の文脈から読み解いた『バンクシー 壊れかけた世界に愛を』の著者・吉荒夕記の連載記事。ロンドンを知り尽くしアートや文化の旅づくりも手掛ける筆者が見た、アートの最前線とは。

アニメのキャラクターのようなフィギュア作品のかわいらしさ。仮想現実を通して、美術館に行き、作品に出会えるという近づきやすさ。しかし、なぜ、目がバッテンになっているのか。そこにはどんな意味がこめられているのだろう。

スマホをかざして空を見上げると、美術館の屋根の上に毛むくじゃらの巨大な人形が座っている。セサミストリートに出てくるエルモに似ている。青い体毛と大きな目玉にX印がついているのが、ちょっと違うけれど。背を曲げ、肩を落として、どことなく淋しそう。

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サーペンタイン美術館正面(筆者撮影)

美術館の入り口に入れば、今度は別のフィギュアがスマホの画面に飛び込んできた。ミッキーマウスのようなずんぐりした図体が宙に浮いている。奇妙なことにうつ伏せで、手袋をはめた丸っこい手は両目を塞いでいる。なんと、その手の甲にもバッテン。蛍光色のアブストラクトな絵を背景にして、グレイの体がふわふわ浮遊している。スマホから視線を外せば、それらのフィギュアはたちどころに消えてしまう。青いエルモもグレイのミッキーマウスも、アプリのAR (拡大現実)を通してだけ見ることができる、ヴァーチャルなのだ。

KAWSCOMPANION

KAWS, COMPANION (EXPANDED), 2020, augmented reality sculpture at Serpentine North Gallery.Courtesy of KAWS and Acute Art.

リアルの展覧会場にも、同じようなキャラクターたちが壁の平面作品や立体作品の中に見つかる。全身が真っ赤なキャラクターは、積まれたタイヤの体型をもつミシュランのビバンダムを思わせる。平面作品は原色を大胆に使ったアブストラクトな風景のようだが、そこにも、同じキャラクターたちが隠れているのがわかる。歴史あるレンガの建物を巡りつつ、触知できる作品を見て周り、時にスマホをかざせば、今度は着ぐるみを着た骸骨が来館者と同じように壁の作品を観賞しているのがスクリーンに現れる。

会場内風景2

会場写真(筆者撮影)

会場内風景3

会場写真(筆者撮影)

リアルとヴァーチャルのハイブリット

ここはロンドン。ケンジントン公園の中心に位置するサーペンタインギャラリー。小さいながら、時代の先端をいくアートを紹介することで有名な美術館だ。そこで「KAWS: NEW FICTION」展が開かれているのだが、近年、世界的な注目を浴び、日本でも紹介されたアメリカのアーティスト・KAWSのイギリスにおける初めての本格的個展だ。

KAWS(本名 Brian Donnelly)は、1990年代からニューヨークを拠点にストリートで活動を始めた。 バス停の広告看板に独自のキャラクターを付け加え、本来の意味を変えたり、列車の側面や外壁にカラフルでアニメチックな作品を残したりした。やがて、立体作品やキャンバス作品など伝統的なアートの形態で制作を始め、コマーシャルギャラリーや公的美術館でも見かけるようになった。

ロンドンでの展覧会は、ヴァーチャルゲーム「Fortnite (フォートナイト)」とも連動している。世界のどこからでもアクセスして、美術館のヴァーチャル空間に入り込み、先の骸骨フィギュアに導かれて、KAWSの世界を仮想体験できる。「新しくてとてつもないやり方で」、リアル空間では想像もつかないような膨大な数の人々とコミュニケーションできると、KAWSは言う。そういえば、マーク・ザッカーバーグが改名した会社「Meta(メタ)」のプロモーションビデオで自分のアバターを紹介していたが、KAWSの骸骨フィギュアはそのアバターが着ていた部屋着とそっくりだ。

会場内風景4

会場写真(筆者撮影)

確かに、物理的にロンドンまで来ることが困難な人々だけではなく、美術館やギャラリーは敷居が高すぎて、足を運ぶ習慣がなかった人々にも、アクセスしやすいルートを作ることにもなる。アートの世界と一般の人々の乖離は、彼がストリートアーティストだった頃から、実感していた課題だったのだろう。

境界への挑戦

誰もが知るキャラクターを繰り返し利用する事、ビビットな色使いの単純かつストレートな表現。KAWSの特徴は、1960年代のアメリカ美術界を風靡したアンディ・ウォーホルの作風を思わせる。ウォーホルは、トマトソース缶や洗濯剤などのマーケットで並んでいる商品やマリリン・モンローや毛沢東などアイコン的なイメージを多重にコピーする手法で、大量生産、大量消費の時代を表現したポップアーティスト。既存のものを再利用したにすぎない彼の作品は、「これがアートなのか」と、社会をセンセーショナルな渦に巻き込んだ。

Andy Warhol《Marilyn Diptych (1962) 》

《Marilyn Diptych (1962) 》 Andy Warhol Photograph: Justin Tallis/AFP via Getty Images 
引用元:https://www.theguardian.com/artanddesign/2020/mar/10/andy-warhol-review-tate-modern-london

今回のKAWSの展覧会も「これをアートと言っていいのか?」と、イギリスのメディアは問いかける。しかし、その話題性こそが、ウォーホルと同じようにKAWSの狙いなのだろう。さらに、KAWSがストリート時代から脳裏にあったアートと一般社会の距離を埋める手立てになるかもしれない。なぜなら、アートとコマーシャリズムの境界を押し広げることで、アートを高学歴、高収入の人々の手から解放できるからだ。

KAWSはリアルとヴァーチャルの境界にも挑戦している。正直なところ、筆者のような昭和生まれの世代には、仮想世界の急速な広がりには抵抗があるのだが、世の中がそのような方向に進んでいくことは認めないわけにはいくまい。事実、コロナ禍の中で、社会は否応無しに、ヴァーチャルなコミュニケーションを発展させたし、コロナが終息しても、元に戻るようには思えない。美術はその歴史を通して、常に伝統を塗り替えることを繰り返してきた。KAWSも、自分の子どもたちの世代との架け橋となるようなアートづくりを目指していると語る。

目のバッテンはダークなメッセージ?

アーティストの将来社会への挑戦だけではなく、その明快な色使い、慣れ親しんだキャラクターという近づきやすさ、利用者の参加を促すことなど、KAWSアートのもつ特徴は前向きな印象を受ける。しかし、それと相反するのが、キャラクターたちのダークな面だ。ずんぐりむっくりの可愛らしい肢体をもちながら、肩を落としていたり、うつ伏せだったり、骸骨だったりするのはなぜだろう。平面作品のなかで、キャラクターたちが災害に出会っているように見えるが、それは何を意味するのか。そして、何よりバッテンの目。目をつぶるのは、現実をみようとしていないことを示唆している。

会場の隅に「家族」というタイトルの立体作品群がある。三種類のフィギュアたちが違う大きさで、確かに家族のようにみえる。そしてみな黒い。家族写真のように一緒に並んでいるが、お互いにコミュニケーションをとっていない。目をつぶっているからだ。3つのキャラクターには名前がつけられている。エルモ人形が「BFF」(Best Friend Forever の略)、ミッキーマウスが「Companion」、ミシュランが「CHUM」(※)で、どの名前も親密さを表している。それぞれの名前の意味とフィギュアのダークな特徴の間にあるギャップ。そこには皮肉が込められているようだ。

KAWS FAMILY

《Family》(2021) (筆者撮影)

親しみやすい外観や開放されたアプローチを使いながら、KAWSは現代社会がもつ人間同士のつながりやコミュニケーションの欠如、あるいは孤独というものを表そうとしているのかもしれない。だとしたらKAWS人気は、そうした社会問題に対する危機感への共感によって裏打ちされているのではないか。そう、わたしが思うのは、世代ゆえだろうか。

(※) Companionは「仲間」や「連れ」、CHUMは古い英語で「友人」の意味。


「KAWS: NEW FICTION」
サーペンタインギャラリー(ロンドン)2022年2月27日まで
https://www.serpentinegalleries.org/whats-on/acute-art-presents-kaws-new-fiction/

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【PROFILE】吉荒夕記 
1959年生まれ。2007年ロンドン大学大学院美学学部卒。学術博士取得。大英博物館アジア部門にてアシスタント・キューレターとして勤務。2012年、ロンドンを拠点にアートローグを設立。文化の旅の提案やコーディネート業をしながら、ミュージアムにて在英邦人向けに歴史・美術史を教える。また、ミュージアムの社会的な意義やストリートアートのメディア的な役割に関心を寄せ、執筆活動を続ける。主著『美術館とナショナル・アイデンティティー』(2014年/玉川大学出版部)、『バンクシー:壊れかけた世界へ愛を』(2019年/美術出版社)