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死を感じさせるアートが賛否両論。イギリスを代表する現代美術家、ダミアン・ハーストを解説

ダミアン・ハーストとは?

ダミアン・ハースト(Damien Hirst)は、1965年イギリス・ブリストル出身の現代美術家、実業家、アートコレクター。「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)」と呼ばれる1990年代のイギリスで頭角を表した作家群の代表的な人物でもある。「生と死」を制作のテーマとして、死んだ動物をホルムアルデヒドで保存したシリーズが有名。2015年には自身の約3,000点のアートコレクションを公開する「ニューポート・ストリート・ギャラリー」を開設した。

画像引用:https://www.apollo-magazine.com/

ハーストは実の父親に一度も会ったことがなく、義理の父も12歳の頃に家を出て行ってしまい、その後は万引きで逮捕されるなど荒れた生活を送っていた。母親はハーストが履いていたボンテージパンツを切り刻んだり、セックス・ピストルズのレコードを破壊したりとヒステリックな一面を持っていたが、ハーストが唯一得意であった美術を積極的にやらせていた。

1986年から89年の間、ハーストはロンドン大学のゴールドスミス・カレッジでファインアートを学び、88年に荒廃したビルを会場にして、学生たちによるグループ展「フリーズ(Freeze)」を主催。これが「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」のことである。その際に後のスポンサーとなる著名アートコレクターのチャールズ・サーチに見出され、1991年に個展「Dial, In and Out of Love」を開催。1993年にはイギリス代表としてヴェネツィア・ビエンナーレに出展し、イギリスのみならず世界での評価を得ることになった。

ハースト作品の4つの特徴と代表作

ハーストは、ペイティングや彫刻、コラージュ、写真、インスタレーションなど様々な表現方法を用いてアートワークを制作している。幅広い作品を構成する4つの特徴と代表作品を紹介する。

1. ホルマリン漬け

ホルムアルデヒドの水溶液、いわゆる「ホルマリン漬け」にした動物たちをガラスケースで展示する「Natural History」と呼ばれるシリーズが、ハーストの中でも一番過激で物議を醸してきた作品たち。特に有名なのは以下の2作品。

《The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living》

《The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living》(1991年)
画像引用:http://magazine.art21.org/

画像引用:https://www.artpedia.asia/

今作(日本語で「生者の心における死の物理的な不可能さ」)は、オーストラリアの漁師に依頼して捕獲した4.3mのサメを展示した作品で、1990年代イギリスのアートシーンにおける象徴的な作品と評されている。2004年にアメリカのコレクターに800万ドル(約8億8千万)で売却。2007年〜2010年の間は、ニューヨークのメトロポリタン美術館に貸し出された。

《Mother and Child(Divided)》

Image: Photographed by Prudence Cuming Associates © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2012
《Mother and Child(Devided)》(1993年)
画像引用:https://damienhirst.com/

もうひとつ有名な作品が、縦二つに切断された状態の牛と子牛をホルマリン漬けにした作品《Mother and Child(Divided)》(母と子、分断されて)である。ヴェネツィア・ビエンナーレに出品されたもので、1995年にターナー賞を受賞した作品。

2. スポット・ペインティング

幾つかあるペインティングシリーズの中でも特に人気なのが、ドットが等間隔に白のキャンバスに並ぶ「スポット・ペインティング」。このドットは覚醒剤の錠剤をイメージしたものとされていて、各ドットは全て違う色でペイントされている。1995年以降、ハーストは薬物とアルコール依存に侵された影響で、作品の過激さが増したとも言われていた。同シリーズ内でも細かく13に分けられ「医薬品」と名付けられたシリーズは、薬品の名前をタイトルに使用している。

Image: Photographed by Alex Hartley © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2012
《Acetic Anhydride》(1991年)(無水酢酸という薬品の名前)
画像引用:https://damienhirst.com/

3. 医薬品

スポット・ペインティングにも関連した「医薬品」は、ハーストの作品によく登場するアイテム。特にインパクトが強いのが《Pharmacy》(ファーマシー)という薬局を模したインスタレーション作品。上の棚には頭、真ん中には胃、下の棚には脚の病気に関連した薬が並び、部屋全体で「体」を表している。後にハーストは巨大な人体彫刻も制作している。2016年には自身のギャラリーで《Pharmacy 2》と題したレストランをオープンさせた。

《Pharmacy》(1992年)
画像引用:https://www.tate.org.uk/

《Pharmacy 2》
画像引用:https://www.designweek.co.uk/

4.  蝶やハエ

蝶やハエなどの本物の昆虫を使用した作品も存在する。動物と同様、批判を受けることもあるが、美しさの中に残酷な「死」を表現するのがハーストのアートだ。新作《Butterfly Rainbow》は、NHS(国民保健サービス)のためにチャリティで制作され、HPで無料ダウンロードができる。

Damien Hirst, Butterfly Rainbow, 2020 ©Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2020
《Butterfly Rainbow》(2020年)
画像引用:https://www.damienhirst.com/

《A Thousand Years》(1000年)はハーストの初めての「動物」インスタレーション作品。ガラスケースの中に牛の頭と多数のハエ、殺虫灯が設置され、右側の白い箱にはウジ(ハエの幼虫)が培養されている。ハエは牛の頭に卵を生み、ウジは牛の頭を食べてハエになり、飛び回るハエは殺虫灯に当たって死ぬ。自然界のひとつの食物連鎖をガラスケースの中に表した今作は、ハーストの中でもクレイジーでショッキングな作品のひとつ。

《A Thousand Years》(1990年)
画像引用:https://www.artpedia.asia/

新しい試み。ビジネスとしてのアート

チャリティとして作品を制作する一方で、ハーストはアート活動をビジネスとして捉え、アート史に前例のない販売手法を積極的にとることで幾度も話題を呼んでいる。

自らオークションに出品

いくつかあるアート作品を購入できる場の中にオークションハウスがある。通常オークションハウスに出品される作品は一度個人やギャラリーに渡った作品であるが、ハーストは2009年9月15〜16日に「Beautiful Inside My Head Forever」と題して競売大手のサザビーズに、218点の作品を自ら直接出品するという極めて珍しい手法で販売。落札総額が1億1,100万ポンド(約211億円)に達し、当時現存する1人の芸術家としては最高額を記録した。

《The Golden Calf》(2008年) ホルマリン漬けにされた「金の子牛」は約19億円で落札
画像引用:https://www.nytimes.com/

話題のNFTに参戦

バンクシーの作品が無許可でNFT化されたり、アンディ・ウォーホルのNFT作品が高額落札されたりと、近年のアート界で議論が絶えないトピックが「NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)」だ。そこにハーストが《The Currency》(通貨)というNFT作品を発表して注目を集めている。

≪The Currency≫
画像引用:https://www.bloomberg.com/

このプロジェクトの特筆すべき内容は、所有者が《The Currency》を購入した1年後に「NFTを物理的な作品と交換してNFTを破棄する」のか、もしくは「NFTを保持して物理的な作品を破棄する」かの二択の選択を迫るところにある。つまり作品“そのもの”を所有するか、“デジタルの”作品を所有するかを決めなければいけない実験的なところにある。

すでにセカンダリー市場では、100件以上(2021年7月31日現在)の取引がされ、1枚2,000ドルの販売価格に対し4倍前後の価格で取引が成立している。慣習や伝統などがまだ定まっていない新しいNFTのアート市場で、ハーストの実験的な試みによって新たなトレンドが生まれるかもしれない。

パリで公開中の最新作は「サクラ」

最新作「Cherry Blossoms」は、丸3年かけて描いた107枚の絵画シリーズ。その中から厳選した30点を展示するフランスでの展覧会「Cherry Blossoms」が、パリのカルティエ現代美術財団で開催中(2021年7月6日〜2022年1月2日)。新型コロナウイルスの蔓延によりロンドンのアトリエに籠って制作されたという今シリーズは、「美と生と死」がテーマにされている。ポップで明るく壮大な桜の絵画は、桜を大切にする日本人は愛さずにはいられない作品。

Photographed by Prudence Cuming Associates © Damien Hirst and Science, Ltd. All rights reserved, DACS 2019
《Renewal Blossom》(2018年)
画像引用:https://damienhirst.com/

画像引用:https://www.theartnewspaper.com/

ハーストをもっと深く知る

Instagram

本人公式のインスタグラムでは制作中の様子や、作品だけでは分からない本人のお茶目な姿を見ることができる。ハーストファンなら是非フォローしたい。

雑誌『美術手帖』

ハーストの作品集などはいくつかあるものの、なかなか日本語に訳された和書がないのが現状。少し古くなってしまうが2012年に『美術手帖』がハーストを特集した号を出版しているので、ハーストの理解をより深めたい人にはおすすめだ。

『美術手帖 2012年7月号』(美術出版社/2012年)
画像引用:https://www.amazon.co.jp/

まとめ

画像引用:https://news.sky.com/

センセーショナルな作品から広く愛されるようなペインティング作品まで、幅広い作風に一貫してあるのは「生と死」。アートを通して命に触れる機会を与えてくれるのが、ハーストのアートだ。また、チャリティ制作やアート界の慣習に逆らうようなビジネス手法を試みて、アートが持つ可能性を探るチャレンジングな姿勢が頼もしい。イギリスが誇るアーティスト、ダミアン・ハーストは、賛否両論を巻き起こしながらも、私達に新しいアートを見せてくれる現代美術の先駆者だ。

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文:ANDART編集部