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名和晃平による2つの展覧会をレポート|生まれては消えるイメージが映し出す現代の風景

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東京都・谷中のギャラリー「SCAI THE BATHHOUSE」で、2021年11月2日〜12月18日まで、名和晃平個展「TORNSCAPE」が開催されている。SCAI THE BATHHOUSEで名和晃平の個展が開催されるのは、実に3年ぶり。また、天王洲アイルの「SCAI PARK」でも、10月30日〜11月13日の会期で同じく名和晃平の「MOMENT」が開催された(会期終了)。本記事では、2つの展覧会の見どころと、実際に訪問した際の様子を紹介する。

「TORNSCAPE」|刻々と移り変わるランドスケープに包まれる体験

SCAI THE BATHHOUSE外観


1993年の創設以来、最前線で活躍する国内外のアーティストを紹介してきたSCAI THE BATHHOUSE。訪れる際には、ギャラリーの空間自体にも注目したい。建物は、200年の歴史を持つ銭湯「柏湯」を改装したもの。純日本風の建物の暖簾をくぐり、松竹錠のついた下駄箱のあるレトロな玄関を進むと、一転して時代の先をいくコンテンポラリーアートが広がっている。無機質なホワイトキューブとは一味違う空間で、時代を超越するような感覚を楽しめる。

アート作品のような松竹錠

ギャラリー内は薄暗く、静かに作品と向き合える環境になっている。幻想的な音が流れる中を奥に進むと、三面の壁いっぱいに巨大なスクリーンが設置されていた。

《Tornscape》(2021年)


モノクロの映像が、音に連動するように有機的に動きながら、少しずつ形を変えていく。しばらくすると映像に微かに茶がかった色がつき、やがて全体が赤く染まった。具体的に何が起こっているのかは分からないが、壮大な物語を前にしているような気がする。大自然に囲まれているような、宇宙を漂っているような気分になった。

《Tornscape》(2021年)

《Tornscape》(2021年)


本作は、名和が2019年に発表した映像インスタレーション《Tornscape》。モチーフとなっている鴨長明の随筆『方丈記』は、日本最古の災害ルポタージュとしても知られる。「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」から始まる文章は、日本人なら一度は目にしたことがあるだろう。そう言われてみると、雲か大気のようなものがうごめく様子は、洛中洛外図など伝統的な日本画に見られる上空からの視点にも似ているような気がする。

あらゆるものは常に移り変わるという無常観を表す『方丈記』の精神をもとにつくられた《Tornscape》は、仮想のランドスケープがリアルタイムで自動生成されており、二度と同じパターンは現れないのだという。多くの災害や疫病に見舞われた様子を描いた『方丈記』は800年以上前に書かれたものだが、気候変動やパンデミックなど予想できない事態に直面している今日、不確かな日々を生きる私たちの心に、本作のテーマは深く響いてくる。

左:《Dune#54》(2021年) 右:《Black Field#7》(2021年)


合わせて展示されているペインティング作品も、偶然性を意識したもの。つやつやとした黒い表面が美しい《Black Field》シリーズは、近くで見ると素材が積み重なった立体感に圧倒される。油絵具とメディウムを混合した素材でつくられており、空気に触れて酸化することで、なんと数週間にわたって状態が変化し続けるという。だんだんと裂けていく表層からは、まだ乾いていない液体が露出し、まさに生命の宿った地表のようだ。

《Dune》シリーズでは、複数のメディウムをキャンヴァス上で混ぜ合わせ広げることで、自然に近い不規則な表情が生まれた。空から地表を眺めるような雰囲気があり、《Tornscape》とも共鳴しているように感じられる。

《Dune#47》(2021年)


なお、《Tornscape》で火星の砂丘の形成理論を応用したプログラムを担当したのは、京都を拠点にさまざまなアーティストの作品制作に携わっている白木良。ギャラリー空間を包み込むサウンドスケープは、坂本龍一らも絶賛するミュージシャン原摩利彦が手掛けた。2人とも、2019年には東京都現代美術館で大規模個展を行ったアーティストグループ「ダムタイプ」のメンバーだ。名和を中心に、現代を代表するアーティストたちが生み出した現代のランドスケープ。ぜひ映像と音に包まれながら、全身でじっくりと作品空間を堪能してみてほしい。

展覧会概要

名和晃平「TORNSCAPE」
会期:2021年11月2日~12月18日 火曜日〜土曜日 12:00-18:00
   *日・月・祝休廊 *事前予約制
会場:SCAI THE BATHHOUSE(東京都台東区谷中 6-1-23 柏湯跡)
展覧会HPはこちら

「MOMENT」|失われた瞬間の連続で描く新作写真シリーズ

天王洲のSCAI PARKでは、新作シリーズ《Moment Photography》が展示されている。モノクロの作品が並ぶが、こちらは斜めの直線が印象的だ。一見するとANDARTでも共同保有作品として取り扱っているペインティングシリーズ《Direction》を彷彿とさせるが、《Moment Photography》は写真シリーズ。実際の風景を、高速移動する点から撮影することで、抽象的なイメージが出現している。写真と絵画、現実と幻想、物質と精神などの境界が曖昧になっていくような、不思議な感覚を与える作品だ。

会場には、名和が過去に使用していた型のカメラをモチーフとした《PixCell-Camera》も展示されている。


現れた瞬間に失われていった無数のイメージの連続は、「TORNSCAPE」展の根底に流れていた無常観というテーマにもつながっている。はじめは無機質に見えた《Moment Photography》も、よく見ると微妙なゆらぎやにじみがあり、カメラの前にあったのはどのような風景だったのだろうと想像がふくらむ。ラムダプリント(デジタルデータを銀塩感光紙に直接レーザー露光して印刷するプリント)では、ハイライトやシャドウの精細な表現が可能なため、モノクロでありながら深みと奥行きが感じられた。

《PixCell-Photography(portrait london)》


ギャラリー奥の壁には、PixCellシリーズの小さな作品が並べて展示されている。学生時代から写真を撮っていた名和が、ロンドン滞在中に撮影した写真がモチーフになっているという。透明な球体で覆われぼんやりと浮かびあがってくるイメージは、まさに記憶の中のもののようだ。写真という共通点がありながら、《Moment Photography》とはまた違った趣がある。名和の思い出が伝わってくるような貴重な作品なので、見逃さないようにしたい。

展覧会概要 *会期終了

名和晃平「MOMENT」
会期:2021年10月30日~11月13日 火曜日〜土曜日 12:00-18:00 *日・月・祝休廊
会場:SCAI PARK(東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 5F)
展覧会HPはこちら

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文・写真:稲葉 詩音