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特別連載

【特別連載】ロンドン発信、バンクシー本の著者が見た現代アート<2> イギリス現代アートを代表するジュリアン・オピーはコロナ禍をどう描いたか?Pitzhanger Manor & Galleryでの展覧会

特別連載

あの覆面アーティストを街の文脈から読み解いた『バンクシー 壊れかけた世界に愛を』の著者・吉荒夕記の連載記事。ロンドンを知り尽くしアートや文化の旅づくりも手掛ける筆者が見た、アートの最前線とは。

コロナ禍を経験したアーティストたちは、従来と同じ表現を続けていくわけにはいかなくなっているに違いない。ロンドンで開催中のジュリアン・オピーの展覧会では、そんなアーティストの挑戦をみることができる。一見、ポップなスタイルが貫かれているように見受けられるが、その奥には、これまでにない深い洞察が横たわっているようだ。

西ロンドンの市街地にある小さな美術館Pitzhanger Manor & Gallery。小学校の体育館ほどの大きさの展示フロアーに、ピクトグラム的な人物像や動物、そしてヨーロッパの広場にありそうな塔をイメージした彫刻が点在している。壁には、太い輪郭と面を強調させ、教科書的な遠近法を用い、町を描いた平面作品がある。どれも、シンプルでカラフルでジュリアン・オピーらしい表現だ。

Julian Opie展 展示風景 Pitzhanger Manor & Gallery(2021) photo: Andy Stagg

1958年ロンドン生まれのオピーは、点・線・面で単純化されたポートレートやLEDを利用した動く彫刻で有名なアーティスト。UKロック・バンドのBlur(ブラー)のジャケットで世に知られるようになり、MOMAやテート美術館など欧米の主要な現代美術館が作品を所蔵している。2019年には東京オペラシティーで大回顧展が開かれ、日本での知名度も上がった。

Julian Opie 《Walking in New York》(2019) 引用元:https://www.operacity.jp/

実は、わたしにとって、正直あまり関心のないアーティストだった。わかりやすい明快さには、逆に深みがない。つるんとして余韻が感じられない。ポップアートにありがちな短絡的でキッチュな印象しかなかった。ところが、今回、オピーの作品をまとめて鑑賞し、展示空間を観て回るうちに、それが間違いであると思い知った。

きっかけは壁の平面作品だった。埋め込まれたLEDによって風景が動き、まるで自分がそこを歩いているように錯覚する。その作品から目を離し、もう一度展示全体を見渡すと、今度は歩く人物を型どった彫刻も動いているように見えてくる。展示室を動き回れば視点が変わり、同じ空間に他者が入ってくれば、空間全体に動と静の遊びが生まれる。

Julian Opie 《Vic Fezensac 1 》(2021) photo: Pitzhanger Manor & Gallery

どの彫刻も、ゲームの登場人物のように簡略でありながら、よくみれば、決して、不特定多数の人型ではないことがみえてくる。ブルカを着た女子学生、シャツの腕をまくり闊歩するビジネスマン、携帯をみながら歩く若い女性・・・歩くペースも違えば、アイデンティティーも違う。人格や個性を持っている。シンプルにみえた都市風景も、壁の色や梁の組み方に特色がある。ラベルをみれば、フランスのとある都市名があった。中世の町並みを残したところらしい。平面と立体、静と動だけではなく、象徴性とパーソナリティーという二面性も浮かんでくる。


Julian Opie 《Headscarf》(2020) photo: Pitzhanger Manor & Gallery

メイン展示室の隣の小さな部屋には、さきほどみた町の風景が、部屋全体に立体で設えてあり、テーマパークにあるミニチュアの町を歩く錯覚を覚える。だが、町の中に人物はいっさい描かれていない。窓はあるが生活の気配がない。その中を歩きながら、ふと、ロックダウン中に誰もいないロンドン中心地を歩いた時のシュールな感覚を思い出した。この立体作品も同じ町を表した平面作品も2021年に制作されたいう。だとすれば、まさに、これはアーティストのパンデミックの時代に対する反応といえまいか。絵画であり、彫刻であり、映像であり、さらに、コロナの時代を共有した来館者個々人を巻き込むインスタレーションでもあるのだ。

Julian Opie  《French Village 1》 (2021)photo: 著者

さらに、このギャラリーの歴史とも繋がっている。ギャラリースペースは隣接の旧マナーハウスと組織的に融合しており、一体でPitzhanger Manor & Galleryと呼ばれるのだが、そちらは18世紀の英国を代表する建築家ジョン=ソーンの屋敷だった建物である。レンガ造りの立派な建造物の正面にも、ピクトグラムの歩く人の映像がある。早足で歩くカーリーヘアーの男性だ。彼は立派な玄関に入っていきそうだが、固定されたスクリーンなので、同じ地点で体を動かしているだけ。優美なファサードには時を止めたかのように佇む古代ギリシャの女性像がそれを見下ろしている。今この時の瞬間性と永遠性がたち現れてくる。

Julian Opie《Curly Hair》 (2021) photo: Andy Stagg

展覧会の余韻を味わいながら、屋敷の裏手に廻った。そこには緑の公園が広がっており、家族連れがピクニックをしていた。芝生の上では、カラスたちが何かを啄んでいる。カラスもオピーのLEDの映像作品で、鳥特有の動きをみごとに写し取っていた。しばし眺めていたら、一羽のカラスがちいさな点のフンを地面に落とした。深淵なテーマをポップなユーモアで包むかのように。

Julian Opie 《Crows》 (2021) photo: 著者 


この連載記事の第1回はこちら↓

【PROFILE】吉荒夕記 
1959年生まれ。2007年ロンドン大学大学院美学学部卒。学術博士取得。大英博物館アジア部門にてアシスタント・キューレターとして勤務。2012年、ロンドンを拠点にアートローグを設立。文化の旅の提案やコーディネート業をしながら、ミュージアムにて在英邦人向けに歴史・美術史を教える。また、ミュージアムの社会的な意義やストリートアートのメディア的な役割に関心を寄せ、執筆活動を続ける。主著『美術館とナショナル・アイデンティティー』(2014年/玉川大学出版部)、『バンクシー:壊れかけた世界へ愛を』(2019年/美術出版社)

文:吉荒夕記