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アーティストインタビュー

制約の中、緻密なモノクロームで描き出したコロナ禍の記憶。大岩オスカール インタビュー。

2019年には金沢21世紀美術館での個展「大岩オスカール 光をめざす旅」に15万人の来場者を迎え、現在は東京都現代美術館の「MOTコレクションや、角川武蔵野ミュージアムでの「コロナ時代のアマビエ」プロジェクトでも作品を展示中の大岩オスカール。

これまで、カラフルな油彩画も多く手がけてきた彼だが、東京都現代美術館および角川武蔵野ミュージアムで公開した近作は、緻密なモノクロームの作品が中心となっている。彼がコロナ禍のニューヨークに見てきたものはどのようなもので、制作にどのような影響を与えたのだろうか?大岩オスカールへインタビューを行った。

大岩オスカール氏 © Oscar Oiwa Studio

「人間が色々な経験をする中で「面白い」「面白くない」と感じるものを探るように作品を作っています。」

ー 現在、東京都現代美術館で20点組の版画 ≪Quarantine drawing series / 隔離生活≫ を展示されていますね。モノクロームで描かれた非常に緻密な作品で、初めてデジタルで制作された作品と伺いました。新しい技法で制作されたきっかけはありますか?

去年の3月、突然アメリカにウィルスが入ってきたんですが、当時の大統領は何も対応しないので爆発的にウィルスが広がって、ピークの時は2週間で1万人が死亡するような状態でした。みんな怯えて家にこもって、スーパーにしか行かない状態だったんです。

Times Square, New York / タイムズ・スクエア、ニューヨーク
silkscreen on BFK Rives
h: 57, w: 76.5 cm
2020
ed: 15

自分もスーパーにしか行かなくなって、身体は動けないのだけれど、頭は動いているので何をしようかなと思ってそれで、そのときの気持ちとか世の中の様子を絵で描こうと思ったんです。アトリエに行けない中、たまたま数ヶ月前にA2サイズくらいのタブレットを買っていたので、デジタルで絵を描こうかなと思って。なんとなく描き始めて、4ヶ月で近くかかって20枚の絵を描いて、それに文章をつけたシリーズにしました。

でも、何を使って描くのかは、あくまでもその時の条件・状況・可能性によるものです。普段は油彩を描いているけれども、どんな技法を使うのかはその時々で考えて変えながら制作しています。

≪My Desk, New York / 僕の机、ニューヨーク≫ / 大岩オスカール
silkscreen on BFK Rives
h: 57, w: 76.5 cm
2020
ed: 15

ー 確かに大岩さんの作品は、技法もモチーフも多岐にわたりますね。その中で、常に変わらないテーマやコンセプトはありますか?

方向性というのもその時々です。作品によっては個人的なエピソードも描くし、時にはコロナや戦争のような社会的なテーマ、時にはみんなの記憶の中にある映画とか本とか、自分が行った場所なんかもテーマになったりします。

それに1枚の絵の中でも、ビジュアル的なアイディアや、ある国のカルチャー的な要素など、色々なものを混ぜて自分の作品を組み立てています。そうすると、作品を見る人の国や年齢や性別が違っても、混ぜ込んだモチーフの中にその人の中にあるものと共通したものがあれば、それを「好き」だと感じたり「嫌い」だと感じたりするでしょう。人間が色々な経験をする中で「面白い」「面白くない」と感じるものを探るように作品を作っています。

ー コロナ禍の生活を描いた ≪Quarantine drawing series / 隔離生活≫ も、Covid-19による社会の変化の恐怖感を描きつつも、ところどころにユーモラスなモチーフがちりばめられていますね。

人間って、嬉しいことがあったり、怒ったり、笑ったりと、様々な感情がありますよね。このシリーズの中にも、お墓などの怖いモチーフがある一方で、旅があったり、夜に見る映画があったり。自宅の台所や、窓から見た景色や、日本の怪獣映画があったりと色々なものを混ぜています。モチーフは絵によって凄く違うけれど、でもそれが人間らしさというか、人間って、日によってその時々で色々な感情がありますよね。

ー 1枚の作品の中に、1人の人間の持つ様々な要素が凝集されているんですね。

≪View From My Window, New York / 僕の窓からの眺め、ニューヨーク≫ / 大岩オスカール
silkscreen on BFK Rives
h: 57, w: 76.5 cm
2020
ed: 15

フォーマットに沿ってやってきたわけじゃなくて、すべて予想外のやり方で進めてここまで来た感じ。

ー 話は少し変わって、バックグラウンドについてお伺いします。大岩さんは大学では建築を専攻されていますね。建築を学んだことが今の大岩さんに影響をおよぼしていることろはありますか?

僕は子供の頃からよく絵を描いていたんです。13-14歳ぐらいの時には絵のコンペで賞をとって、絵の専門学校に通えるようになったんですが、自分以外はみんな18-19歳ぐらいでひとりも友達ができなかったんです。そんな状態がイマイチだなと思っていた時期に、父が実家の家を建てていたので、毎週その現場を見に行って。何もないところから家ができあがっていく様子や、図面を見ていたら面白くて。それで、建築に行ったんです。

建築をやっていてよかったと思うのは、建築の授業の1/3はエンジニアリングや計算の世界なんですよね。力や温度などを分析して、数字にして考えるような発想を覚えたのは建築を学んだおかげですね。それに、建築のバックグラウンドがあったおかげで、25歳の時に初めて日本に来て、建築事務所で数年働くことができた。ここで、日本でどう働いて、どう生きていくことが出来るか?というシステムも早く覚えることが出来ました。

≪Back In My Studio / スタジオに戻る≫ / 大岩オスカール
silkscreen on BFK Rives
h: 57, w: 76.5 cm
2020
ed: 15

美術のほうは、建築事務所で働きながら、家に夜帰ったり土日に絵を描いて発表し始めました。日本の大学も出ていないし、日本の美術の世界も知らないし、先生も先輩もいない中、行き当たりばったりでやりはじめたんですね。そこから小さなグループ展、企画展と発表していって、だんだん記事が掲載されたりするようになって、東京のアート界の中でも友達ができていって。

それも、フォーマットに沿ってやってきたわけじゃなくて、すべて予想外のやり方で進めてここまで来た感じ。その結果として今があるんだけども。すこし変わった人生かな?でも、それが良かったのかもね。

「「どう表現しようか?」と考えた結果が油彩だったりドローイングだったりするけれど、テクニックさえマスターできれば、別の表現で自分を表現してもいいなと思ってます。」

ー とても柔軟性がありますね。方法に固執することがないのは、作品の制作にも共通しているように見えます。≪Quarantine drawing series / 隔離生活≫でも、デジタルで制作されたり、文章と一緒に作品をwebで公開されたりと、新しい試みをされていますね。

すごくコンピューターが好きって言うわけではないんだけど、webは昔からスタジオのHPをアップしてきたし、以前からwebデザインやビデオ編集、写真の撮り方なども勉強していますね。今の時代にどう地球規模でのコミュニケーションをするかとか、情報がどう動いて広がっていくかとか、そういったことを考えるのは面白いです。

ー 常に新しいことにチャレンジされているんですね。

まだ勉強中なんだけれど、今はNFTが流行っているのでテスト版をやりはじめています。できるかできないかは分からないし、まだどういったかたちになるのかは分からないけれど、研究ですね。

ー 今回はデジタルでの制作にもチャレンジされて、今までと違ったところはありましたか?

絵を拡大して描けるので、ディテールをいっぱい描き込めますね。それに、アナログだと黒しか描けないんだけど、デジタルだと黒いペンで書いたうえにさらに白い線を描くこともできます。

≪Waves / 波≫ / 大岩オスカール
silkscreen on BFK Rives
h: 57, w: 76.5 cm
2020
ed: 15

ー 今後もこの方法は制作にとりいれていくのでしょうか?

ものによったらデジタルの方が描きやすいものもあるけれど、ものによっては手で描いた方が良いものもあるし、目的によって変わるかな。

今、自分は結果としては絵を描いていますが、「どう表現しようか?」と考えた結果が油彩だったりドローイングだったりするけれど、テクニックさえマスターできれば、別の表現で自分を表現してもいいなと思ってます。

ー 今回、≪Quarantine drawing series / 隔離生活≫ で、「デジタルデータを版画にする」ということに挑んだのも、大岩さんにとって初めての試みですね。このシリーズの制作を知った大阪のギャラリー ノマルのディレクター 林聡さんが、版画作品として出版することを即決されたと伺いました。今回、「版画工房 ノマルエディション」との共同制作はどのように行われたのでしょうか?

日本には行き来出来ない状態だったので、インターネットを使ってリモートで完成させていきました。時差があったり、コロナ禍で普段よりも輸送に時間やお金がかかってしまう時期だったのが大変でしたが、最後は刷り上がった20種類すべてをアメリカに送ってもらって、色や紙を調整していきました。

初めての試みだったので、紙にプリントした時にどうなるのか、イメージが変わってしまわないかと、最初はわからなかったのですが。最終的にはドローイングの質感が表れるものができました。

ー コロナ禍での制約の中で、工房の皆さんたちとともに闘って版画という形になった作品なのですね。今、改めて ≪Quarantine drawing series / 隔離生活≫ を見返して思うことはありますか?

この20枚を描いた当時は最低な状況だったけれど、時代は経っていって、1-2年後には「過去形」になるんじゃないかなと思う。「こんなことがあったね」って。そういった意味で日記みたいなものを残したかったんです。だから、20枚描いて、世の中がちょっとよくなってきたところでストップしました。一番ひどかった3-4ヶ月間の、自分もみんなも大変だった時代を記録として残しました。

今、角川武蔵野ミュージアムに展示してある作品は、版画シリーズ最後の≪Re-Opening / 再開≫という作品を大きく引き延ばしたものですが、それは最後に、みんなが希望や光を探しているというイメージで描いています。

ー 最後に、コロナが収束したらやりたいこととかありますか?

一番やりたい事といったら、遊びに旅にでたいですね。世の中はすごいペースで悪くなってしまったけれど、同じように速いペースで良くなるんじゃないかなと思っています。

≪Re-Opening / 再開≫ / 大岩オスカール
silkscreen on BFK Rives
h: 57, w: 76.5 cm
2020
ed: 15

これまで、世界中を飛び回って制作を続けてきた大岩だが、アトリエまでの移動すら困難となったコロナ禍のニューヨークにおいても立ち止まることなく、柔軟に、そして意欲的に作品制作を続けてきた様子を伺うことができた。アーティストとして20年近いキャリアを持ちながら、制作においても特定の技法やテーマにとらわれることなく、まるで旅を続けるように、新しいものを取り入れながら制作を続ける様子がとても印象的だった。

本インタビューで話題に挙がった、東京都現代美術館のコレクション展でも展示中の、コロナ禍のニューヨークを描いた20点組の版画作品 ≪Let’s Go on a Trip! -Quarantine Drawing Series-≫の、YOUANDARTでの取り扱いが決定いたしました!

大岩オスカールがはじめてデジタルを使った制作に取り組み、世界中の多くの人にとって共通の記憶となるCovid-19時代の記憶を写し取ったドローイング。そのドローイングを「版画工房 ノマルエディション」がシルクスクリーンによる版画作品として刻印し、大岩の空想の旅を、全世界の人と分かち合う作品として仕上げた作品。ぜひ、チェックしてみてください。

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インタビュー:小池タカエ、山村佳輝、ぷらいまり
文:ぷらいまり