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アーティストインタビュー

YOUANDART アーティスト・大谷陽一郎インタビュー《後編》

インタビュー前編では、大谷陽一郎が漢字と出会ったきっかけや、そこから漢字を追求していく中で、漢字の源流がある台湾、中国などでどんな反応があったのか?ということについて、お話を伺いました。

今回は、そうした大谷陽一郎のバックグラウンドを踏まえて、YOUANDARTで取り扱いのある《warai》シリーズについて、一歩踏み込んだお話をお伺いしていきます。

漢字と出会って、これまで追求されてきた大谷さんですが、文字を集積させるという意味では、《warai》シリーズもすごく面白い作品ですよね。掲載画面の短いご紹介だけでも魅力的で、もっとこの作品の背景を知りたいと思ったのですが、ぜひ今回はこちらのシリーズの魅力と、そもそもなぜ「笑」という文字を使おうと思ったのかということについて、お伺いさせてください。

最初に「笑」に興味を持ったのは、他の漢字とはちょっと違うかたちで使われている、特殊性みたいなところに惹かれたからです。実際に、文字という観点から見た場合、「笑」という文字自体、皆さんかなり日常的に使ってらっしゃると思うんですね。たとえばLINEで友達とやり取りをしたり、Twitterやブログをはじめネット上に書き込みをする時も、文末に「笑」を何気なくつけたりとか、よくしていると思うんですよ。それからこの現象はネット上の世界に限らずで、今だに紙媒体のインタビュー記事なんかでも、「かっこ笑」という文字を、よく見かけますしね。

そう考えた時に、「笑」という文字はすごく便利で使い勝手が良い上に、ポップな要素もある面白い文字だなぁと思ったんです。さらにユーザーは完全に無意識かも知れないけれど、れっきとした文字であるにも関わらず、どこか絵のようなイメージ、絵文字代わりに使っている人も多いのではないか?と思ったんですね。「絵のように接している漢字」と言ってもいいかも知れない。たとえばLINEなんかでも文末に絵文字をつけるのが面倒だから、「とりあえず「笑」ってつけておこう」みたいな感覚もありますよね。そう考えると「笑」は、文字と絵のちょうど中間にあるような存在で、そういう漢字が現代の情報空間、インターネット上で膨大な数がインスタントにやり取りされているというこの現象が、すごく面白いなと思ったんです。それから、その他多くの文字テキストとは違った、ちょっと浮いた存在として飛び交っているという感覚もあって、そのあたりの文字としての個性も、興味深いなと思いました。


確かにそうですね。私も、「かっこ笑」は本当によく使いますね。楽しい時、嬉しい時、そういう気持ちを思い切り表現したい時についつい使ってしまいます。

そうですよね。ただ僕は「笑」という文字には、一般的にイメージされるような、面白い、楽しい、と言った意味だけでなく、ちょっとめんどくさい、とか、何かを皮肉ったような感じとか、または、悲しいのに作り笑いをしてみるとか、そういうふうに色々な感情が込められているなぁと思っていて。そこにはポジティブなだけではない、ネガティブな感情もあって、そういう感情の多彩なバリエーションが、「笑」という一文字で表現できるのも、この漢字ならではの面白さなのかなと感じています。

ちなみに「笑」という漢字の起源は元々「巫女が手をあげて踊っている姿」を表しているようなんですね。上の竹冠というのは、巫女の両手を表していて、下の方は、踊っている様子みたいで。そう言われてみれば確かに、踊りのイメージが浮かんでくるような気がしますよね。実はここにはさらに、「神を喜ばせるための舞」という深い意味が込められているようです。踊りや舞の起源を探っていくと、そういう深い部分、原初のイメージに自然と導かれるのですが、つまり「笑」には “祈り”の意味も込められている、ということなのだと思います。

そう考えてみると、ある種の神聖な意味、踊りというものに起源を持つ「笑」という漢字が、現代のネット空間を飛び交っているという、その辺りのギャップもすごく面白いなぁと思うんです。ちなみに、今お伝えしたような「笑」の起源については知らない人が殆どだと思うのですが、そういう古代的な背景もひっくるめて考えてみると、新しい発見があるし、また違った視点や捉え方が生まれてくるのではないでしょうか。昔からずっと使われてきた、長い歴史のある漢字というものが、現代ではかたちを変えて情報空間に存在していること自体、とても感慨深いといいますか、時空を超えるような、何か不思議な感覚がもたらされるような気がします。

そういう、特殊な「笑」という漢字を使って、文字の配置を変えたり形を変えたりしながら繰り返し集積させていくことで、この漢字が持つ、そういった面白いギャップみたいなものを呼び込めるのではないかと思いました。

ちなみに、大谷さんの《warai》シリーズでは色が何パターンかありますが、これは先ほどおっしゃっていた、色々な感情のバリエーションだったりレイヤーを色として表現しようとしている、ということになるのでしょうか?

《warai》シリーズは様々な色パターンで作ったものですが、ピンクや赤だから喜びが飛び交っているとか、青だから冷笑しているとか、そういうふうに特定の色と感情を結びつけて表現しようという意図は、特にないですね。というより、「笑」という字に込められたあらゆる感情を想起させるため、できるだけ色々なカラーを使ってバリエーションで見せられたらと思っていました。なので、色のルールは特に決めていません(笑)。過去に制作した「雨」や「山」の作品は山水画の文脈も取り入れたかったので落ち着いた雰囲気のモノクロームで表現しましたが、この作品に関してはむしろポップさだったり、「笑」が持つ古典的な意味と現代の使われ方とのギャップのようなもの、それからズレの面白さみたいな文脈に接続するような表現にしたかった。ですから、そういうイメージを想起できるような色を選んだ、というのは確かにあるかもしれないですね。

その先は、鑑賞者に委ねるということでしょうか?

そうですね。もちろん人によって色の捉え方も、そこから引き出される感情も様々だと思うのですが、「こういう色を使ったからこういう感情になってもらいたい」といったふうに、作り手側から特定のイメージを規定するのは、ちょっと違うかなと思うんです。感覚的なものや美意識に正解はないので、一人ひとり違った受け止め方でいい。むしろ各々が自由にイメージを広げて楽しんでもらえたらいいな、と思っています。

ちなみに、この作品を作る上で苦労したポイントがあれば、教えてください。

そうですね。僕の作品の中でも「雨」の場合はちょっと違うんですけど、「warai」は、ひたすら文字を置いていく作業になるので、苦労した点といえばその辺りでしょうか。文字をひたすら重ねていく作業というのは、一見単調に見えるかもしれませんが、実は結構、地味に根気のいる作業で、時間も、集中力も、エネルギーも必要だったりします。それから全体の文字のバランスを考えながら置いていくので、一瞬一瞬が真剣勝負というところもありますし。ですから、そういう戦いは常にありますね(笑)。ただ、それ以上に面白さや完成した時の喜びがあったりするので、本当の苦にはならないです。実は、この他にもやりたいことがたくさんあるんです。新しいものを生み出したい、もっと言語と視覚表現の接点を追求していきたい!という衝動が強くあるので、たとえ大変なことがあったとしても続けています。

大谷さんのこれからやりたいこと、とても気になります。ひょっとして漢字以外の作品も、ということでしょうか?

そうですね。これまで漢字を使った作品が多かったので、漢字をメインに作品作りをしているアーティストというようなイメージがあるかもしれませんが、僕自身、漢字だけの作品にこだわるつもりはなくて。例えば、アルファベットを使った文字組みは、驚くほどシンプルで美しい仕上がりになるんですね。これが日本語になると、平仮名、カタカナ、漢字と色々な文字が混ざって、何となく雑然としたように見えることもあるのですが(笑)。そういう意味でアルファベットは対照的で、歴史的な過程の中で合理化されていって最終的に26文字というところに収まった結果、余計なものが削ぎ落とされて淀みなくすっきり見える、という魅力は確かにあると思います。ですから、そういったアルファベットの特性を生かして、これから作品作りをしてみたいなと思っています。

それは楽しみです。そういえば、直近では本も発売されていますね。5月21日に発売した「かんじるえ」についても、少し教えていただけますか。

はい。こちらは子供向けに作った絵本なのですが、タイトルは編集の方とダジャレのような感覚で作ったもので(笑)、すでにお気づきかもしれませんが「感じ」と「漢字」を掛け合わせてできたものなんです。

テキストがなくて、絵だけの絵本があると思うのですが、この絵本は絵だけでもあるし、一方で文字だけで構成されてもいます。これまでにない不思議な読書体験を促す絵本を目指しました。

テキストはなくても漢字の集合体でできた絵を見ることで、漢字に興味を持ってもらえる良いきっかけになったらいいなと。そういう意味では、この絵本を手にしてくださるお子さんにとっては、これまでとは違った漢字との出会い方を体験していただくことになるのではと期待しています。一般的な学校教育では、小学生低学年ぐらいから漢字を学び始めると思うのですが、自分のことを振り返ってみても、漢字ドリルをひたすらやって覚えるのは、すごく単純でつまらなかった記憶があるんです。でも、そもそもの漢字との出会い方、入り口の方法をちょっと変えてみるだけで、面白い!と感じられる要素って、あちこちで発見できるようになると思うんです。たとえば絵本に近づいてみたり離れてみたり、色々な角度から興味を持って眺めていくうちに、いつの間にかその世界に夢中になっていた。そういう感覚が見てくださる方の中に芽生えたとしたら、それはとても嬉しいことですね。


そうですね。これは大谷さんの他の作品に通じることでもあると思うのですが、そうやって出会い方を変えることによって、新たな魅力に気づくこともできますし、作品としての可能性も広がっていきますよね。それでは最後に、読者の皆さまにメッセージをお願いします。

「笑」は、僕が興味を持って追求してきた漢字の中でもとくに面白い要素が詰まった文字で、それをこういった形で作品にして皆さんに見ていただけるのは、すごく嬉しいことだなと思っています。《warai》の作品に並んでいる「笑」の文字をぜひ色んな角度から見ていただき、楽しんでいただけたらと思います。

ありがとうございました。

大谷陽一郎 新作情報

本インタビューでご紹介した人気の《warai》シリーズに続き、本日7月9日より、大谷陽一郎の新作《zzz》がYOUANDARTで販売開始となりました。これまで漢字を使った作品を多くリリースしてきた大谷陽一郎が、アルファベットの「z」のみを使って、シンプルなモノクロームのアートとして表現。漢字とはまた一味違った魅力ある世界を届けてくれました。ぜひこの機会にご覧下さい!

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取材・文/小池タカエ