
YOUANDART アーティスト・大谷陽一郎インタビュー《前編》
YOUANDARTでお取り扱いしている作品をANDART編集部が深掘りするインタビュー企画、今回はアーティストの大谷陽一郎をご紹介したいと思います。 今回は前編として、大谷陽一郎の作品の中の重要なモチーフである漢字との出会いについて、また、なぜその魅力に惹かれていったのか?など、最初に漢字と出会ったきっかけや追求するに至るまでの様々なエピソードを伺いました。ぜひ最後までご覧ください。
アーティスト・大谷陽一郎とは?

1990年大阪生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。東京藝術大学大学院修了。画集に『雨 大谷陽一郎作品集』(リトルモア刊)をはじめ、今年5月20日に発売となった漢字だけで構成された絵本『かんじるえ』(福音館書店 刊)がある。
点描の技法を用いて、無数の漢字を集積させるスタイルが特徴的で、YOUANDARTでは大谷が漢字を追求する中でとりわけ興味を持って惹かれたという「笑」という文字を使ったアート作品を取り扱っている。デザイン事務所のアシスタント時代に多く触れたタイポグラフィーから漢字の魅力に目覚めて以来、台湾でのコンペティションへの参加、北京に留学をするなど、その追求心は留まるところを知らない。今後の活躍が楽しみなアーティストの一人である。
アーティスト・大谷陽一郎の魅力を一問一答で深掘り
大谷さんは、漢字を集積させて点描のように見せるアート作品を制作されていますよね。最初に見た時、とても新鮮な感覚がありました。昔から点描の技法はありましたが、文字を集めて見せるスタイルの作品には出会ったことがなかったので。そもそもどのようなきっかけで、この技法を着想されたのでしょう。また最初に漢字に興味を持ったきっかけについてもお伺いできたらと思います。
もともと、昔から文字にはすごく興味があったんですね。アーティストになる前に夜間部の専門学校でグラフィックデザインを学びながら、デザイン事務所でアシスタントをやっていた時期があったのですが、本格的に文字の面白さに目覚めたのは、その頃だったと思います。グラフィックをやっていた頃は、漢字だけでなく、ひらがな、カタカナ、アルファベットまで多種多様な書体やフォント、それから様々な文字組みに触れる日々でした。最適な文字組みのスタイルを考えたり、どうしたら美しく洗練されたデザインとして表現できるのか。また、頭の中にあるイメージをどういった形に落とし込むのか、いうことをいつも考えていて、当時は文字というものにひたすら向き合っていました。そういう中である時、漢字の面白さとその深い魅力に気づくことになるんです。
そうだったんですね。数ある文字の種類やスタイルがある中で、とくに漢字に惹かれた出来事があったということでしょうか。
はい。グラフィックの仕事をしていて色々とアンテナを張っていた時期に、新国誠一さんという方の作品集を図書館で発見したんです。この方は詩人なのですが、その新国さんの有名な作品の一つ、「雨」に出会ったんですね。その時にこれまでに味わったことのないような新鮮な感覚があって、ものすごく衝撃を受けまして。そしてこの出来事を機に、文字の中でも特に、漢字というものの存在を強く意識するようになったんです。
新国さんの作品は他にも色々あって、どれもそれぞれに個性的で素晴らしいのですが、その時は「雨」という漢字が、形象としてすごく面白いなと、強く印象に残ったんですね。「雨」という漢字は、上空にある天や雲といったところから雫が落ちているというイメージを表す形象になるのですが、この一文字からは、雨という漢字に込められた図像的な意味が朧げながらも伝わってくるような気がしませんか?普段、漢字に馴染みがないという方でも、「雨」という文字が訴えかけてくるものを感じ取ることができると思うんです。
それ以来、そういうことを考えていく中で「漢字を使って、さらにそこにこれまで自分の培ってきた技術を使って、これまでにない何か新しい表現できないだろうか?」と考え始めるようになりました。そうした経緯でできたのが、最初の「雨」のシリーズです。グラフィックデザイナーから、作家として活動しようと思い始めたのもちょうどその頃ですね。
確かに、漢字は一文字でも何かイメージが湧く感覚がありますよね。
そうなんです。漢字は言語としての役割、つまりコミュニケーションの手段として言葉を記述し伝え合う手段として機能するばかりではないと、僕は思っているんです。そうした情報伝達としての一般的な文字の機能を超えて、一目見ただけで視覚的に想起できるものがあったり、伝わっていく、広がっていくようなイメージがある。そういう意味で漢字というのはそれ自体がとてもパワフルであるというだけでなく、視覚伝達においても重要な存在だと思っています。
ちなみに最初の「雨」の作品は、僕の最近の作品のように文字を集合させて絵としてみせるスタイルではなく、「雨」という一文字を色々なパターンを使っていかに見せるか?というところにフォーカスしたものです。


制作中は古代の、原初的な感覚に寄り添うことを大切に、追求していきました。その後に、これとは少し違う発想で作品を作ってみたいと思い、次は「キ」と発音する漢字を集積させて山を描き出す作品を制作しました。この時に初めて、点描的な技法を使ったんですね。書道の世界では、一文字のみを際立たせる作品もありますが、それとは違ったアプローチで、漢字の持ち味を引き出すことはできないだろうか?と考えたんです。一文字を独立したかたちで見せるのではなく、一文字ごとに意味をもつ漢字を集合させることで、図として表現してみたらどうだろう?と。たった一文字だけでも多くを物語る漢字を、独自のパターンで集積させてみたら、そこにはより混沌とした空間が浮かび上がるのではないかと考えたんですね。そんな実験的な気持ちもあって、始めてみることにしました。

私も今お話伺っていて、本当におっしゃるように言葉の一文字でふと絵が浮かぶといいますか、イメージが立ち上がるような感覚がありました。平面にもかかわらず、立体になるような。ものが生きている感覚、躍動感のようなものを感じました。そういえば大谷さんは、デザインコンペで台湾にも行かれているのですよね。
はい。2016年頃にデザインのコンペティションが台湾であって、そこで賞をいただいたので、授章式参加のために台北に行きました。その時に、漢字を用いた作品を発表したんですけど、現地の方がすごく興味を持ってくださって。当時は中国語も英語も殆ど話せなかったんですけど、そうやって言葉が通じない中でも自分のやりたいことが伝わった。漢字を介して「わかってもらえた」という感覚がありました。その時に「話す言葉は違っていたとしても、書き言葉として文字にした時に、漢字は何か共通するイメージのようなものを共有し合うことができるんだな」ということを、リアルに実感することができたんですね。もちろん繁体字、簡体字、新字体というような書体の違いはあるにしても、この時に得た、漢字を介してできるイメージの共有という体験が自分の中ではすごく大きくて、そこから徐々に、漢字の作品にシフトしていくことになりました。
そうでしたか。改めて漢字の魅力が伝わるエピソードをありがとうございます。直近の中国でのお話も聞かせていただけますか。
そうですね。2018年の秋から2019年の夏、約一年間、北京に行っていました。本当はその後、昨年の秋からは中国の宋の時代に山水画が発達した都市で、今でもその時代の文化が残っている杭州という都市に留学する予定だったのですが、コロナで断念せざるを得なくなってしまって…。ただ、もう少し状況が落ち着いたら、中国にはまた機会を見て必ず訪れたいと思っています。
そういえば、実は中国には僕の作品があるんですよ。深圳という都市に、パブリックアートもあるモダンなスタイルの書店があるですが、その空間のある部分の本棚の側面全体に、無数の漢字をデジタル技術を使って彫刻した作品があります。

ちなみに、その書店は、香港に近くて海に面した商業施設の中にあるんですけど、少し遠くの方を見渡してみると、向こうには山々の連なりが見えて、美しい海と山の風景、その両方を目にすることができます。そんなこともあって、上半分では山々を、下半分には水の揺らめきを表現した図案を作って、水、波、岸、木という文字の中国語の発音をもとにして抽出した漢字を用いて作品づくりをしました。

インスタグラムでも拝見しました。実際に空間とも調和していて、全体の佇まいも美くて、魅入ってしまいました。現地でも好評だったのではないでしょうか。
ありがとうございます。そうですね、向こうは漢字文化圏なのでやはり相性はいいと感じました。先ほどもお伝えしたように、たとえ言葉が通じなくても漢字で共通のイメージを自然と共有できるのは、大きいですよね。
それに加えて、アートとして作品自体が素晴らしいというのもありますよね。言葉を超えることができるーーそういう魅力がアートにはあると思います。
そうそう。それで思い出したんですけど、芸大の修了制作の時に先ほどお話した「キ」と発音する漢字で山々を描いた作品を展示して、その時にイギリス人やフランス人の留学生に呼び出されてものすごく褒められたことがあったんですよ。漢字の作品なのでヨーロッパ圏の人たちにとっては、難しくてなかなか理解されないかなと思っていましたのですが、興味を持ってくれたこと自体がすごく嬉しくて。そう考えると、やっぱり漢字には何か、底知れぬ魅力のようなものがあるのかもしれないですね。たとえ意味は理解できなくても、そこに秘められたパワーや情報量、それから歴史の深さといったところで、心が触れる部分があるのかもしれません。ちなみに当時、中国からの留学生もいたのですが、「やられた!」と言われて、そのことも印象に残っています(笑)。漢字は中国が源流なので、そういう表現を日本人に先取りされてしまったのが悔しいというような反応だったんですけど、そういう面白いエピソードが色々ありますね。
〜後編に続く〜
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取材・文/小池タカエ