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アーティストインタビュー

スクリプカリウ落合安奈・落合由利子 インタビュー / 親子であり表現者の2人による 作品で “対話” する展覧会「わたしの旅のはじまりは、 あなたの旅のはじまり」 

埼玉県立近代美術館での個展も記憶に新しく、「TERRADA ART AWARD 2021」のファイナリストにも選出され、注目を集めるスクリプカリウ落合安奈。彼女の個展が東京・六本木にあるアートコンプレックス・ANB Tokyoで開催されている。

日本とルーマニアの2つの母国に根を下ろす方法の模索をきっかけに、「土地と人の結びつき」というテーマを持ち、丁寧なリサーチに基づいた作品を発表してきたスクリプカリウ落合安奈。

個展 「わたしの旅のはじまりは、 あなたの旅のはじまり」では、母であり写真家である落合由利子と自身の写真作品を同時に展示するという初の試みを行っている。今、自身の生い立ちに向き合う展示を行ったのはなぜなのか。スクリプカリウ落合安奈と落合由利子、2人のアーティストに話を伺った。

「空白の期間をフィクションで補って作品をつくるのは厳しくて。どうしようかと悩む中で、母と一緒に展示をして、作品で「対話」をすればよいことに気づいたんです。」(スクリプカリウ落合安奈)

展覧会は、「1989年から現在まで落合由利子がベルリンとルーマニア各地で撮影した写真作品群」、「安奈が自身のルーツを探りに訪れたルーマニアで撮影した写真と そこから持ち帰ったものを日本の光で撮影した写真の2枚組の作品群」、「由利子と安奈が展示模型を挟んで対話する様子を収めた映像」の3つの要素で構成されている。

まず、スクリプカリウ落合安奈に個展の全体像について伺った。

スクリプカリウ落合安奈 ≪Light falls home(s) -家のひかり≫ / スクリプカリウ落合安奈 の前で

お母様であり写真家である由利子さんと一緒に展示をされるのは今回が初めてということですが、今回、このような形式で展示をされようとしたきっかけはありますか?

本当は今頃、もうひとつの故郷・ルーマニアにいる予定だったんですが、コロナの影響で行けなくなってしまいました。私自身、ルーマニアには最長でも2ヶ月しかいたことがないんです。一度、1年間を通してルーマニアで過ごしたら、自分の考え方や振る舞いが大きく変わるのではないかと思っていて、今は、そうした大きな変化が起こる前の段階にいると思っています。

それで「今しか出来ないこと」「今だから出来ること」として、今までの全部の活動・人生を全て振り返ってかたちにすることを今回の機会にやりたいと思って取り組みました。

落合由利子の作品(左側・5作品)と スクリプカリウ落合安奈の作品(右側・組み写真4作品)が並ぶ

最初は自分一人で作品を作ろうとしたんですが、自身の生い立ちについて話を聞く対象として一番重要なのが母だったんですね。でも、母は自分の母であるだけでなく、同時に「写真家」であり、1人の「表現者」でもあるんです。小さい頃は色々と聞くことが出来たのですが、自分が現代美術家とし制作のために質問をしていたら、だんだん答えが返ってこなくなってしまって…

でも、それは自分も一表現者として分かるんですが、私の生い立ちの鍵になるのは ”ベルリンの壁崩壊から東欧の激動、ルーマニアでの牧歌的な生活…” という、彼女の制作においても重要なシリーズの核となる部分で、それを人の手に渡して別の作品にしてしまうというのは気持ちの良いものではないですよね。ただ、自分ではよく分からない空白の期間をフィクションで補って作品をつくるのは厳しくて。どうしようかと悩む中で、母と一緒に展示をして、作品で「対話」をすればよいことに気づいたんです。

ー 「親子」だけれど、一人の「表現者同士」という、複雑な関係なんですね。

本当に複雑です(苦笑) 本当だったらこんなことはやりたくないですよ、あまりに苦しすぎますから。

2人が展示模型を挟んで対話する様子を収めた映像作品 ≪わたしの旅のはじまりは、 あなたの旅のはじまり≫ / スクリプカリウ落合安奈

ー 今回展示する由利子さんの作品は安奈さんが選ばれたのですか?

母の作品にはいくつかのシリーズがありますが、今回、どのシリーズで構成するかを私がキュレーター的に提案して、その中で彼女は彼女の作品を組み立て、お互いの作品のバランスを見ながら話し合いをしつつ進めていきました。

「2人展」という構造を用いた「個展」という入れ子の構造になっている中で、私は彼女を作家として尊重しながら、共存しつつ、一つの展覧会としても成立させるのが一番難しかったです。一番気をつけなければいけないと思ったのは、母の作品が「展示の一部」になってしまうことで、そのバランスの取り方は最後まで難しかったですね。最終的には母の作品に力があるので独立したいい展示になったと思います。

「イメージを持つということはとても大事だけど、「知ろうとする」ことが大事なんじゃないかなって。そして「知ろうとする」ことは「関わろうとする」ことじゃないかなって思うんですね。」(落合由利子)

続いて、写真家・落合由利子に、彼女の巡ってきた旅路を表現する作品群について話を伺った。

落合由利子 ≪天使が壁の前を歩く≫ / 落合由利子 の前で

ー 今回、1989年から現在までの由利子さんの「旅」の様子が展示されています。最初にドイツ・ルーマニアを訪問されたきっかけはどういったものだったのでしょうか?

ベルリンの壁が崩れた時、世界中がその映像を見ていました。映像の力はすごくて… 壁をたたき割り、皆が抱き合い…といった映像に心が震えたんですね。でもその一方で、チャンネルを回すとお笑い番組を見て、ケーキを食べながら笑っていたり…という、その違和感が我慢できなくて。この人たちと話したい、触りたい、ひとりの人間として関わり、写真に収めたいと思いました。

ー 激動の時代を象徴するようなインパクトの強い作品もある一方で、穏やかな表情の方々の写真も並んでいますね。

30年前の当時はインターネットもなくて、新聞が一番新しい情報という時代だったんです。隣国のハンガリーにいるときに、ルーマニアで革命が起こりとても大変な状況だと聞いていて、食料をたくさん持って入国したんですが、実際は、逆に寒そうにしていたところを現地のパン屋のおじさんが室内に招いてくれてパンをくれたり。実は、そこは一番大変な地域からは少し離れた場所だったんですけれど、行く前は勝手にルーマニア全土が大変な事になっていると思ってしまっていたんですね。

例えば、この写真 (下記 ≪天使が壁の前を歩く≫ 右の作品) はハンガリーのルーマニア大使館前のものなんですが、ものすごい熱気で人々が叫び続けていて。でも、そこから少し離れると普通の生活がある。

≪天使が壁の前を歩く≫シリーズ / 落合由利子

人間はイメージを持ちますよね。イメージを持つということはとても大事だけど、自分勝手なイメージを持ってしまってはいけないというか、「知ろうとする」ことが大事なんじゃないかなって。そして「知ろうとする」ことは「関わろうとする」ことじゃないかなって思うんですね。

ー 続く1991年-1992年のルーマニアの写真は牧歌的な風景で、大きく雰囲気が変わりますね。

ドイツ・ルーマニアの3ヶ月の「旅」で、撮った写真を日本で発表してきたけれど、その後、「旅」ではなく「生活」をして、内側から写真を撮りたいと思うようになったんですね。そこで、最初の旅から1年半後に、ルーマニアの自給自足に近い生活している村で、住み込みの生活をはじめました。この村での1ヶ月半の間は、(展示してある写真からも見て取れるように)生と死に溢れていました。

ルーマニアの農村での生活 ≪循環・CORNEREVA≫シリーズ / 落合由利子

自給自足に近い生活の村で「あなたはなにを捉えようとしているの?」と自分自身へ問いかけながらずっとさまよってシャッターを切り続けていたんですが、日本に帰国して現像やプリントをしながら見つめ返す作業の中で、「命を育む社会」や「命にあたる光」、そういうものを探し求めてシャッターを切っていたんだな、って認識しましたね。

ー そして、最後に1994年-2014年のルーマニアの写真ですね。

わたしがこの土地と関わったきっかけに「ベルリン・天使の詩」という映画があります。その中で、天使は全能だから、何かを「予感」するという感覚がないと描かれています。けれど、一人の天使がそれを知りたい、分かりたいと、人間になる道を選びます。このシリーズのはじまりにある花束の写真は、元夫とのストーリーが始まる時のものなんですけれど、シャッターを切りながら「これからはじまることは、今まで経験したどんなことよりも大変なことになる」と思ったことをはっきりと覚えています。「予感」ですよね。

≪別れ、時はたえることなく≫ シリーズ / 落合由利子

ここからは、日本で生活しながら何度かルーマニアに行っています。ルーマニアとの関わりの中で、心の中に壁ができては崩れるような体験もしました。

今回展示した写真の中に、本棚に飾られた写真を撮ったものがあります。その写真の中には生まれたばかりの赤ん坊とともに佇む義母が写っています。彼女はほぼ今の安奈の歳で、私が小さい子を抱えてルーマニアで右往左往していた歳と同じぐらいです。その姿を見守る義母は今の私の歳です。彼女はもうこの世にはいませんが、静かに笑う笑顔が忘れられません。季節が巡るように、人それぞれの役割があり続いていく。そんな思いを「別れ、ときはたえることなく」と、このシリーズのタイトルにしました。

「ルーマニアに行くことによって自分の中の「第二章」が始まると思っています。その変化の前の今、日本で今回の作品をつくるのは必要なことだったのかなと思います。」(スクリプカリウ落合安奈)

再びスクリプカリウ落合安奈に話を戻し、落合由利子の写真とともに展示している自身の作品について話を伺った。

落合由利子、スクリプカリウ落合安奈

ー 今回の安奈さんの新作は、すべて2点組になっていますね。

今回、私は9点の新作を展示しています。今までに3回、自分の意思でルーマニアに行った際に現地で撮影した写真と、その時にルーマニアから自分が持ち帰ったものを改めて日本の光で撮影したものの2点組です。ルーマニアに行けなくなった時に、意識しなければ気づかないぐらい自分の生活になじんでいる「ルーマニアのかけら」とも言えるようなものたちと今一度向き合い直したいという気持ちきもちがあって、そのために日本の家に差し込む朝日で撮影しようと思いました。

私の作品にも、母の作品と同じように「光」ということばがでてくるんですが、「光」が特に重要なんです。機械的な意味ではなくて、このシリーズでは、光が重要な「モチーフ」となっています。

それぞれの国に注ぐ光の差は地球上の距離を象徴するものであり、一方で、太陽の光は人間が引いた国境などの線には全く関係なく平等に降り注いでいるものであって。その2つの状態が自分の中でとても重要な意味を持って今回の作品が生まれました。

≪Light falls home(s) -家のひかり≫ / スクリプカリウ落合安奈

今回の展覧会は自分のプライベートをモチーフにしたとてもウェットなもので、今まではそういった表現を避けていたんです。ここ数年では自分の中で「ウェット」と「ドライ」の振り幅の良い位置が見えてきていたので、その幅で制作してきたんですが、ルーマニアに1年行って全てが私の中で変わってしまう前に、一度ちゃんと自身を直視して作品にしたいと思ったし、それは今だからできることだと思ったんです。

ー 今までの積み重ねがあった今だからこそ出来た展覧会なんですね。コロナが落ち着いたら、やはり予定していたルーマニアでの生活を始められるのですか?

ルーマニアに行って新しいフェーズに入ると思います。母が作品について口を閉ざしてしまったことで空白が生まれたときのように、私がルーマニアに行って生活をしないということは私にとっての空白となってしまって、今、ルーマニアに行かなければきっとこの先作品を作り続けられないし、行かなければならないと思っています。

ルーマニアに行くことによって自分の中の「第二章」が始まると思っています。作家として、作品として、個人の人生として。それは「予感」ではあるけれども確信的に思えています。その第二章を早く始めたいんですけれど、なかなか行けなくてもどかしいのですが、その変化の前の今、日本で今回の作品をつくるのは必要なことだったのかなと思います。

ー 今回の展示は「第二章」が始まる前の出発点になるんですね。変化点であって、ひとつの展覧会でありながら全体が大きな作品であるような展覧会に立ち会うことが出来て嬉しく思います。ありがとうございました。

今回、お二人には別々に話を伺ったが、一貫して実際の現場で人と関わり、想像ではなく事実を知ろうとしながら制作していく共通した姿勢を感じることができ、また、共通して「光」「命」「予感」といった重要なキーワードを口にされていたのも印象的だった。

言葉ではなく、作品同士で対話する2人展であり、スクリプカリウ落合安奈にとっての新たな出発点となる個展でもある今回の展覧会。是非、会場で2人のアーティストの「旅」を追体験して欲しい。

【展覧会情報】

スクリプカリウ落合安奈 個展 「わたしの旅のはじまりは、 あなたの旅のはじまり」

会場:ANB Tokyo(港区六本木5丁目2-4 )*六本木駅から徒歩3分
会期:2021年9月15日(水)~10月3日(日)
開館時間:12:00~18:00
休館日:月・火曜日(祝日の場合は開館)
入場料:一般/1000円 大学生/500円(全フロア共通チケット)/中・高校生 入場無料
※価格は全て税込 ※学生は受付にて学生証要提示
オンライン事前予約制:https://reserva.be/anbtokyo

※同時期開催
NAZE 個展「URAGAESHI NO KURIKAESHI」
小林健太 個展「#smudge」

※ 展覧会の様子はコチラ↓でレポートしています

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インタビュー・文: ぷらいまり