印象的な子どもの絵で日本のアートシーンに革命を起こした 奈良美智

子どもをモチーフにした絵画で知られる現代日本を代表するアーティストの1人。日本とドイツで美術を学び、1988年から2000年にかけて海外を拠点に活動。1995年の個展「深い深い水たまり」で拗ねたような独特の眼差しの子どもの絵画を発表し、注目を浴びる。2001~02年に国内の5つの美術館を巡回した個展は記録的な動員数となり、その人気は不動のものとなった。その後、世間の注目を浴びることによる創作への葛藤を乗り越え、彫刻など新しい表現に取り組み、子どもの絵画もより一層深みを増した表現となる。近年も国内外で積極的に個展を開催しており、アートマーケットでの人気も上昇。2019年には《Knife Behind Back》が約$2,495万(約27億円/落札手数料込)で落札されオークションレコードを更新した。作品はMoMAや大英博物館をはじめ、各国の名だたる美術館に収蔵されている。(1)

<忙しい方向け:本記事の簡単サマリー>

・過去の自身の経験からイマジネーションを得たという、独特な表情の子どもの絵で知られる
・ドイツで美術を学び、キャリア初期から各国の美術館やギャラリーで個展を開くなどグローバルな活躍
・多様な素材を使った彫刻、デザインユニットとのコラボレーションなど、絵画にとどまらない幅広い表現

概要 (2)


出典:https://www.pacegallery.com/artists/yoshitomo-nara/

出生 1959年生まれ

出身地 青森県

学歴 

1987年愛知県立芸術大学大学院修士課程を修了

1993年ドイツ国立デュッセルドルフ芸術アカデミーにてマイスターシュウラー取得

所属 ブラム&ポー、ペースギャラリー

SNS Facebook, Twitter, Instagram

主な活動歴 (3)


1984年 名古屋で国内初の個展を開催

1995年 東京の個展「深い深い水たまり」で代表的な子どもの絵を多数発表し注目を浴びる

1995年 <ブラム&ポー>でアメリカ初の個展開催

1998年 アメリカのミルウォーキー美術館で、公立の美術館では初となる個展開催

2001年 横浜美術館で、国内の美術館では初となる個展開催

2003年 クリエイティブユニットgrafとのコラボレーションを開始

2006年 grafとのコラボレーションの集大成となる展覧会「A to Z」を開催

2010年 ニューヨークのアジア・ソサエティ・ミュージアムでgrafとのコラボレーションも含む大型展を開催

2011年 震災後に、母校の愛知県立芸術大学で半年の滞在制作を行う

2012年 横浜美術館で2度目の個展開催

2013年 「あいちトリエンナーレ」に参加

2013年 芸術選奨文部科学大臣賞を受賞

2017年 作品に加えて収集したレコード、書籍、写真、人形や雑貨なども展示する「for better or worse」展を豊田市美術館で開催

2018年 栃木県に未発表作品などを展示する自身の美術館「N’s YARD」が開館

作品の特徴


高橋コレクション展「ミラー・ニューロン」(2015年)の展示風景 

左が《深い深い水たまりII》1995年 アクリル絵具、綿布 120×110cm

出典:https://www.museum.or.jp/modules/topics/?action=viewphoto&id=640&c=4

奈良の作品で特に有名なものが、少し拗ねたような独特の顔でこちらを見つめてくる子どもの絵であろう。奈良が日本での実質的なデビューと語る1995年の展覧会「深い深い水たまり」ではそうした子どもの絵が多数発表され、注目を浴びた。ドイツで美術を学び、1980年代は日本と海外のギャラリーでコンスタントに個展を開催していた奈良だが、子どもを描いたことが「コロンブスの卵」になったと語り、1990年代半ばから後半はもっとも制作力があった時期だという。これらの子どもは、「まぶたの裏に焼きついている過去の体験を、現在の自分が見つめなおすことで出てきているもの」と述べている。両親が共働きで寂しい思いをしていた自分を肯定するためでもあり、自分に限らず世の中で“弱い存在”とされる人々とも重ね合わせているのだという。(4)

美術を通じて過去の自分を見つめなおしていくと、そうやって中学校のときに親を悪く思ったのも、(中略)ポジティヴに認めたいと思うようになった。そのなかから子どものイメージも出てきたんだと思う。

奈良美智完全読本 美術手帖全記事1991-2013、奈良美智、美術出版社、2013年

奈良美智を知る為のキーポイント


人気を決定づけた2001~02年の展覧会「I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME」

横浜美術館など、国内の5つの美術館を巡回した展覧会は記録的な入場者数となり、国内での奈良の人気を決定づけた。奈良は1990年代から絵画以外にも様々な素材での彫刻などに取り組んでおり、本展でもFRP(繊維強化プラスチック)で作られた犬の彫刻や、大きな皿に描かれた子どもの絵、鏡を使ったインスタレーションなど、幅広い作品が展示された。当時存在していた奈良のファンサイトから希望者を募り、多数のファンがぬいぐるみを制作して展示する「ヨコハマプロジェクト」も画期的だったといえる。(6)

関連作品

《Fountain of Life》2001年 FRP、ラッカー、ウレタン、モーター、水 高さ170×直径180cm
出典:http://artasiapacific.com/Magazine/WebExclusives/LifeIsOnlyOneYoshitomoNara

《Slight Fever》2001年 FRPに貼られた綿布、アクリル絵具 直径180×26cm
出典:https://www.rubellmuseum.org/2019-yoshitomo-nara

アーケットでの評価も右肩上がり。2019年にはオークションレコードを更新

キャリア初期はドイツで活動し、早期からアメリカの美術館などでも作品を発表していた奈良は、マーケットでも手堅い人気を誇る。近年のオークションでの落札総額は2017年約$2,953万、2018年約$3,050万、2019年約$8,510万と右肩上がり、特に2019年には《Knife Behind Back》が約$2,495万(約27億円/落札手数料込)で落札され、オークションレコードを更新した。2019年より前のレコードは2015年の約$341万であったため、落札価格が一気に7倍近く上がったことになる。高額作品は主に香港で取引されており、香港の富裕層が巨額を投資しているとされる

関連作品

《Knife Behind Back》2000年 アクリル絵具、カンヴァス234×208 cm
出典:https://www.artsy.net/news/artsy-editorial-sothebys-smashed-auction-record-work-yoshitomo-nara

ロックに影響を受け、ジャケットワークも多数手がける

中学生の頃から兄の影響でロックに傾倒していたという奈良は、留学先のドイツでも足繁くライブに通っていたといい、作品制作中にも音楽を流していると語る。少年ナイフやTHE STAR CLUBのCDジャケットを手がけており、特にTHE STAR CLUBのボーカル・ヒカゲとはライブで対面したのをきっかけに親交が深まり、個展で対談を行ったり、レコーディングの際にコーラスとして参加するなどしていたという。曲名や歌詞の一部をそのまま作品タイトルとしていることでも知られる。(8)

絵を描くときにスタークラブ、よくかけるんですよ。曲が入るときに筆を持つっていうパターンがあって。ほんとに俺、昔の曲を聴くと、戻れるんですよ。十九か二十歳の頃に。

奈良美智完全読本 美術手帖全記事1991-2013、奈良美智、美術出版社、2013年

関連作品

THE STAR CLUB『パイロマニアック』CDジャケット
出典:https://tower.jp/item/697434

絵本、時計にTシャツまでージャンルを超えて広がる奈良ワールド

奈良は1999年に初めての絵本を出版。『ともだちがほしかったこいぬ』というタイトルで、絵だけでなく文章も自身で書いている。ひとりぼっちの子犬が少女と出会い、友達になるというストーリーだ。2019年には、ロック歌手の浅井健一が文章を書いた絵本『ベイビーレボリューション』に絵を提供。ある日突然、世界中の赤ちゃんがハイハイして戦場に向かい平和を守るという、浅井の同名の楽曲に合わせた筋立てだ。特徴的な子どもや犬などのキャラクターは、多くのコラボレーショングッズにもなっている。1990年代後半から2000年代前半には、シチズンから奈良デザインの限定腕時計が複数発売された。奈良の公式オンラインショップでは、Tシャツ、マグカップ、ポスターなど幅広いグッズが販売されている。(10)

『ともだちがほしかったこいぬ』表紙
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4838711549

CITIZEN製 奈良デザインの限定腕時計
出典:https://aucview.aucfan.com/yahoo/n135022798/

奈良美智のアート作品について


幼少期からドイツ留学時代まで

奈良は1959年青森県弘前市に生まれた。美智(よしとも)という名は、皇太子(当時)ご成婚のこの年、美智子さまにあやかってつけられたとのことだ。幼い頃から絵を描くのが好きで、中高生の頃はロックにはまる不良少年だったという。武蔵野美術大学を経て愛知県立芸術大学に入り、修士課程に進む。この頃初めての個展を開き、作品は全て売れたという。1987年に修士課程を終え、ヨーロッパ旅行がきっかけでドイツのデュッセルドルフ芸術アカデミーに入学。「美術史やヨーロッパ史、哲学や音楽などで層の厚い伝統を感じ、西洋は全く違う場所なんだと思った」と大きな影響を受けたことを語っている。1993年にドイツの画廊で個展を開催し、同年にマイスターシュウラー(注:ドイツの芸術大学における芸術家の最高学位)を取得。この個展で発表されたのが以下の作品で、「ひとりで子どもがいるスタイルの最初の絵」だという。翌年にケルンに移住し、2000年の帰国まではここを拠点に、日本と往復しながら活動を続けた。1995年にはロサンゼルスでの個展に合わせて初めて渡米。アンダーグラウンドやサブカルチャーが市民権を得やすい西海岸という土地で自身と似たような感性を感じ、新人にも関わらず美術雑誌に取り上げてもらい嬉しかったと語っている。(11)

関連作品

《The Girl with the Knife in Her Hand》1991年 アクリル絵具、カンヴァス 150.5 × 140 cm
出典:https://uk.phaidon.com/agenda/art/articles/2020/march/31/why-does-yoshitomo-nara-s-girl-have-a-knife-in-her-hand/

コラボレーションへ向かった2000年代

2001年の横浜美術館での個展が大規模な成功を収め、奈良の人気は不動のものとなる。一方、過度に集まる注目が創作面の葛藤につながり、そこから逃れるように、2000年代はgraf(デザインユニット)とコラボレーションした小屋づくりのプロジェクトを次々と展開。奈良は初期の頃から古材で作った小屋を展示室とする試みを行っていたが、grafと協働して廃材を使った本格的な小屋制作に取り組み始めたのだ。小屋を集めて1つの街を作ろうとしたのが2006年の「A to Z」展である。44の小屋を建て、延べ13,000人のボランティアが制作に関わるという大規模なものとなった。この制作の過程は『NARA: 奈良美智との旅の記録』という映画にもなっている。(12)

極端な言い方をすると、制作できなかったら死ぬしかないから、自分のそういう衝動を抑えるために、手当たり次第コラボレーションとかにすがったんじゃないかな。

奈良美智完全読本 美術手帖全記事1991-2013、奈良美智、美術出版社、2013年

関連作品

「A to Z」展 外観
出典:https://4travel.jp/travelogue/10094218

映画『NARA: 奈良美智との旅の記録』宣伝素材
出典:http://www.cinemarise.com/theater/archives/films/2007002.html

転機となった信楽での制作と陶芸デビュー -2007~10年

奈良は場所を変えて制作することへの興味から、2007年から足かけ3年ほど、信楽のアーティスト・イン・レジデンスに滞在しながら陶芸制作を行った。これまでもFRPで立体作品を作っていたが、「焼きで形が変わる」という未知の世界や、土という素材の物質感に魅力を感じたという。2010年の個展では大型の陶芸作品を中心に発表。仏像を連想させるものもあった。これについて奈良は「宗教美術のイメージに近い。僕の作品は、根源にある精神性みたいなもので支えられていて、それが制作意欲にもなっているし、それを表したい欲求が自分の中にある」と語っている。この展覧会には、テレビ番組の企画をきっかけに奈良と意気投合した嵐の大野智も訪れ、対談を行ったことでも知られる。(14)

関連作品

小山登美夫ギャラリーでの個展風景 2010年
出典:http://artobserved.com/2010/06/go-see-tokyo-yoshitomo-nara-at-tomio-koyama-gallery-through-june-19th-2010/

震災の影響、母校での滞在制作と横浜美術館での9年ぶりの個展 -2011~12年

2012年の横浜美術館での個展に向けて準備中に震災が起き、奈良は「自分自身は何もできないと思った」と絵が描けなくなったという。母校の愛知県立芸術大学で2011年8月から翌3月まで滞在制作の機会があり、ここで粘土と「体当たりで闘うように」制作に取り組み、これをブロンズの彫刻へと加工。彫刻に取り組んだことが絵画にもつながり、鉛筆のドローイングから徐々に色彩のある絵画にも取り組めるようになったという。横浜美術館での個展「君や 僕に ちょっと似ている」では最初に入る真っ暗な展示室に大型のブロンズ彫刻を展示。《夜まで待てない》などの絵画では“未完成な感じ”を重視し、体温を感じさせる絵を意識したという。(15)

たぶん何かがふっきれたんだと思う。(晩年のマティスの老眼になってからの絵画が好きで)「ああ、老眼になってよかったな」と思うようになった。これまで経験してきたことに、歳をとるという身体的なこともプラスされていく。

奈良美智完全読本 美術手帖全記事1991-2013、奈良美智、美術出版社、2013年

関連作品

「君や 僕に ちょっと似ている」展示風景
出典:https://www.cinra.net/interview/2012/08/01/000000

《夜まで待てない》2012年 アクリル絵具、カンヴァス 197×182.5 cm
出典:https://media.thisisgallery.com/works/yoshitomonara_25

30年越しの卒業制作と語る「for better or worse」 -2017年

大学院卒業からちょうど30年となる年、奈良が学生時代を過ごした場所に近い豊田市美術館で本展は開催された。アメリカの国立美術館に所蔵されている《Midnight Truth》など、1987年の初期作品から最新作までおよそ100点が展示された。美術を志す以前からその感性を育んできたレコード、書籍、切り抜きなども合わせて展示され、奈良のルーツを辿るような構成となった。奈良は本展について「これから作家としての自信と誇りを持って生きていくための決意表明でもある」と述べている。(17)

関連作品

《Midnight Truth》2017年 アクリル絵具、カンヴァス 227.3x 181.8cm
出典:https://www.pacegallery.com/artists/yoshitomo-nara/

自身の名を冠した美術館「N’s YARD」のオープン -2018年

「作品をより身近にご覧いただける場所を国内に設けたい」という奈良の思いから、自然豊かな那須にオープンしたのが私設の現代アートスペース「N’s YARD」だ。奈良をはじめとする現代アートの作品のほか、長年収集してきたレコードジャケットやオブジェも展示されている。屋外にはブロンズ彫刻《Miss Forest / Thinker》が設置され、四季折々の那須の自然とともに、奈良の世界観に直接触れられる貴重な空間だ。カフェやオリジナルグッズ・書籍を販売するショップも併設され、那須の観光名所の1つとなっている。(18)

関連作品

「N’s YARD」外観
出典:https://www.nsyard.com/about/

《Miss Forest / Thinker》2016年 ブロンズ、ウレタン 500.4cm×139.7cm×158.8cm
出典:https://www.nsyard.com/about/

日本とドイツで学び美術史を深く修めながらも、「アカデミズムの中からどう抜け出そうか」という気持ちで制作を続けてきた奈良。「俺の絵は子どもとか動物とか、当時の美大生やなんかが勉強してきたものを全部覆すようなものでできてる」と語り、映画や音楽、文学などに影響を受けながら奈良自身の個人史から生まれる作品を作っていたという。スランプの時期を抜け出して新たな表現方法を見出し、「この手が動かなくなるまで作品を作り続けていきたいと思う。もう自分を見失わない自信はある。」という奈良の作品は、今後も世界中のアートファンを魅了し続けるのであろう。(19)

<参考文献>

(1)~(6),(8)(9),(11)~(16),(19)奈良美智完全読本 美術手帖全記事1991-2013、奈良美智、美術出版社、2013年

(2)https://www.pacegallery.com/artists/yoshitomo-nara/

 https://www.blumandpoe.com/artists/yoshitomo_nara

(3)https://bijutsutecho.com/artists/196

(7)https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-10-09/PZ2C6CT1UM1J01

 https://www.artprice.com/artist/171599/yoshitomo-nara

(10)https://www.crayonhouse.co.jp/shop/g/g9784861013560/

 https://www.nsyard.com/about

(17)https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/4669

(18)https://www.nsyard.com/about/

(20)https://www.pacegallery.com/artists/yoshitomo-nara/

 https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/19676

 https://withnews.jp/article/f0180724002qq000000000000000W09d10701qq000017476A?page=4

 https://www.fashion-press.net/news/18954

ANDARTにて取り扱い中の作品


奈良美智《Flashlight Girl》

2002-2004年h.48cm w.38cm

日本を代表する作家・奈良美智の代表的な少女モチーフ版画作品。

本作品の作品詳細やオーナー権注文ページはこちら(ANDARTホームページ)