半世紀以上にわたって活躍を続ける「水玉の女王」草間彌生

水玉やカボチャのモチーフで知られる現代日本を代表するアーティストの1人。10歳の頃より幻視のイメージから来る水玉模様などの絵画を描き始め、1957年に単身渡米。巨大な平面作品、ソフト・スカルプチュア(柔らかい彫刻)などを発表する他、反戦などをテーマとするハプニング(注:市街地などで行われる非再現的で1回性の強いパフォーマンスアート)を行い、1960年代ニューヨークのアートシーンで重要な役割を果たす。1973年に帰国、小説や詩集も手がけながら作品制作を続け、1993年ヴェネツィア・ビエンナーレに参加。2011~12年に大規模な回顧展がテート・モダン、ホイットニー美術館などを巡回し、国際的評価を決定的なものにする。合わせてアートマーケットでの価格も高騰し、2019年には《Interminable net #4》が約$795万(約8億7,500万円/落札手数料込)で落札されオークションレコードを更新。90歳を超える今も現役で活動を続けている。(1)

<忙しい方向け:本記事の簡単サマリー>

・複雑な家庭環境で育ち、水玉や網目模様の幻視に苦しむ。これらを絵画として表現した。
・カラフルな色彩の野外彫刻を多く手がけ、世界の美術館やパブリックスペースに設置されている。
・小説家、ファッションデザイナーとしても活躍。ルイ・ヴィトンとのコラボレーション実績も。

概要 (2)


出典:https://yayoikusamamuseum.jp/about/yayoikusama/

出生  1929年生まれ

出身地 長野県松本市

学歴  1949年京都市立美術工芸学校絵画科(現:京都市立芸術大学)卒業

所属  オオタファインアーツ(日本)、ヴィクトリア・ミロ(イギリス)、デイヴィッド・ツヴィルナー(アメリカ)

URL  http://yayoi-kusama.jp/

主な活動歴 (3)


1952年 松本市第一公民館で初めての個展を開催

1957年 渡米。シアトルで個展開催後、ニューヨークへ移る

1959年 ニューヨークで初めての個展開催

1962年 ニューヨークのグループ展で初めて彫刻作品(ソフト・スカルプチュア)を展示

1967年 劇場や美術館、広場などでハプニングを積極的に展開

1969年 ニューヨークのデパートなどで「クサマドレス」の販売を開始

1973年 帰国。制作の拠点を日本とする

1978年 小説家として長編『マンハッタン自殺未遂常習犯』を発表

1987年 日本の美術館では初めてとなる個展を北九州市立美術館で開催

1989年 大規模な回顧展をニューヨークの国際現代美術センターで開催

1993年 「ヴェネツィア・ビエンナーレ」に日本代表作家として参加し個展開催

1998~99年 MoMA、東京都現代美術館他に巡回する個展「Love Forever 草間彌生 1958-1968」を開催

2004年 森美術館で個展「クサマトリックス」開催

2008年 ドキュメンタリー映画『≒草間彌生 わたし大好き』公開

2011~12年 大規模な回顧展がテート・モダン、ホイットニー美術館などを巡回 

2013年 アジアと中南米の巡回ツアーにより動員数200万人以上を記録

2016年 文化勲章を受賞

2017年 草間彌生美術館が東京に開館

2019年 ドキュメンタリー映画『草間彌生 INFINITY』公開

作品の特徴


《Pumpkin》1994-2004年 繊維強化プラスチック、ウレタン塗料 250×200×200cm

出典:https://media.thisisgallery.com/20187591

国内でよく知られる草間の作品の1つは、瀬戸内海のベネッセアートサイト直島にある《Pumpkin》であろう。鮮やかな黄色に黒の水玉模様が施され、青い海や空とのコントラストが際立つ。「カボチャ」も「水玉模様」も、草間にとっては重要なモチーフだ。草間はカボチャについて「太っ腹で飾らない容貌と精神的な力強さに私はずっと魅せられてきました」と語る。小学生の頃に初めて見て、画学生の頃から繰り返し描いており、「人生の伴侶」であるという。

水玉模様も草間の代名詞ともいえるモチーフだ。草間は複雑な家庭環境で育ったことから強迫性障害を患い、モノの形が解体し水玉状になって部屋や身体が埋め尽くされるというような幻覚に悩まされていたという。この幻覚から逃れるために、自らの筆によってその像を記録していたというのだ。実際、10歳の頃に描いた母親の肖像画にも無数の水玉が現れている。絵画の中で全ての物質を水玉の粒子として捉えることで、自らの存在とともに不安も消し、周りの環境から自身を解放することを目指していたともいえよう。(4)

そうした環境の中で、私は絵を描いているときがいちばん幸せでした。(中略)絵を描いたり、オブジェを作ったりすることで、しだいに自分の心の居場所を見つけられるようになりました。(5)

水玉の履歴書、草間彌生、集英社、2013年

草間彌生を知る為のキーポイント


世界各地に現れる「クサマ・ワールド」

草間の近作は、直島の《Pumpkin》をはじめ、パブリックアートや野外インスタレーションなど、屋外での作品が多い。キャリア初期にニューヨークのアートシーンで認められ、世界各地で大規模な回顧展を行う草間の作品は、各国の名だたる美術館や著名な場所に展示されている。《ナルシス・ガーデン》は、パリ・チュイルリー公園でのインスタレーションだ。池の上に浮かんだおびただしいシルバーの球が、見る者や空の色を映し出している。(6)

関連作品

《ナルシス・ガーデン》2010年 ステンレス製ミラーボール 直径30cm

出典:https://www.flickr.com/photos/dalbera/5106297631

《華さけるチューリップたちの楽園へゆこう。》は、シンガポールのショッピングモール「オーチャード・セントラル」の11階ルーフガーデンに設置されている。少女時代の草間を思わせる愛らしい少女や、水玉模様の犬、ダイナミックな造形のチューリップなどが印象的だ。(7)

関連作品

《華さけるチューリップたちの楽園へゆこう。》2009年 ミクストメディア 265×907×558cm

出典:https://www.flickr.com/photos/25802865@N08/4406927153

2012年に開館したフランスのルーヴル・ランス美術館では、館内の床にタイルによるモザイク画《宇宙に咲く花》が完成した。これらのように、人々とアートが共生するという草間のアートは世界中の多くの場所で愛されている。(8)

関連作品

《宇宙に咲く花》(一部)2012年 

出典:https://aajpress.wordpress.com/2012/12/11/yayoi-kusama-mosaic-commission-for-louvre-lens/

世界のアートマーケットで高く評価される

1960年代からニューヨークで活動していた草間だが、アートマーケットでの評価が決定的となったのは2008年の《No.2》の落札だ。リーマンショック直後であり世界中のメディアが注目したこのオークションで、もっとも話題をさらったのが草間作品だという。不況のため落札価格が軒並み15~20%下落する中、《No.2》は想定落札価格$250~350万に対し約$579万(約6億530万円/落札手数料込)で落札された。この作品は草間がニューヨーク移住直後の1959年の作品で、水玉模様と対をなす無限の網目が画面全体を覆っている。アメリカのアートシーンは、1940年代ジャクソン・ポロックアクション・ペインティング以降は新たな動きに乏しかったが、草間の高い独自性が評価されたといえよう。(9) その後もオークションにおける高値での取引は続き、2019年には《Interminable net #4》が約$795万(約8億7,500万円/落札手数料込)で落札され、オークションレコードを更新した。Artprice社が発表しているアーティストランキングでは、2016年に25位をマーク、その後も2020年に到るまで20位台をキープしている。(10)

関連作品

《No.2》1959年 油彩、カンヴァス 182.9 x 274.3 cm

出典:https://www.christies.com/lotfinder/paintings/yayoi-kusama-no-2-5147474-details.aspx?from=searchresults&intObjectID=5147474

ファッションデザイナーとしても一流。ルイ・ヴィトンとのコラボレーション実績も

個性的なファッションや頭髪が印象的な草間は、10代の頃から自分の服をデザインしており、1968年にはニューヨークでアパレル会社「クサマ・ファッション」を設立。一流デパートのブルーミングデールズにもクサマ・コーナーを設け、全米400カ所のデパートやブティックでドレスを販売し、上流階級の女性から多くの注文を受けていたという。2012年にはマーク・ジェイコブスからのオファーでルイ・ヴィトンともコラボレーションを実施。水玉やネット、カボチャなどのパターンを用いた商品「Louis Vuitton × YAYOI KUSAMA」を発表した。(11)

芸術とファッションを分割すると興味のない世界になってしまうので、私は上下、左右の区分を設けずに考えてきました。(12)

水玉の履歴書、草間彌生、集英社、2013年

関連作品

「Louis Vuitton × YAYOI KUSAMA」コレクション

出典:https://www.fashionsnap.com/article/2012-07-18/kusama-vuitton-isetan/

草間彌生のアート作品について


草間は長野県松本市の種苗業を営む旧家に生まれた。父母の確執から幼い頃より幻視や幻聴に苦しみ、その恐怖をしずめるために絵を描いていたという。絵描きになることに反対する母を押し切って京都市立美術工芸学校で日本画を学ぶも、京都画壇の因習的な上下関係などに閉口、松本に戻って独自の表現方法の探求を始めた。以下の《玉葱》は卒業制作で、日本画の技術で精密に描写されながらも、背景は幻視を思わせる歪んだ市松模様だ。1952年に松本で初めての個展を開催、信州大学教授の精神科医・西村四方に非凡な才能を認められ、その紹介により東京での個展開催にも繋がった。海外で学ぶことも視野に入れていた草間は、松本の古本屋でジョージア・オキーフの画集を見つけ本人に手紙を出したという。オキーフからは何度も親切な返信があり、草間はアメリカ行きの決意を固め、1957年に単身渡米した。(13)

私が出会った数多くの人たちの中で、まずまっ先に取りあげなければならない人の名は、ジョージア・オキーフである。(14)

水玉の履歴書、草間彌生、集英社、2013年

関連作品

《玉葱》1948年 Mineral pigments on paper 35.9×59 cm

出典:https://livingasean.com/explore/yayoi-kusama-queen-polka-dots-bangkok-art-biennale/

ニューヨークにおける初めての個展で《無限の網》を発表、大きな反響を得る -1959年

草間は渡米後も幻覚に悩まされ、「朝起きると、天井から、床から、全て網になっている。(中略)手で触ってみると、手の上の網が体全部にまとわりついてきました。」と語っている。これをカンヴァスに描いたのが《無限の網》のシリーズだ。1959年に開催した初めての個展で発表し、彫刻家としても知られるドナルド・ジャッドら美術評論家たちから絶賛の言葉が寄せられ、草間のニューヨーク・デビューは大成功となった。(15)

関連作品

ステファン・ラディッチ画廊にて《無限の網》シリーズを前に立つ草間 1961年

出典:https://www.tate.org.uk/tate-etc/issue-24-spring-2012/infinity-on-single-canvas

ソフト・スカルプチュア(柔らかい彫刻)という新しい表現 -1962~63年

1962年に草間は彫刻《集積》シリーズを発表した。この立体作品は2つの意味で画期的だったといえる。ひとつは、従来の彫刻と異なり布でできた詰め物を素材としたこと。そして、膨大なファルス(男根)状の突起物で家具を覆うという表現だ。さらに翌年、《集合ー1,000艘のボート・ショー》というインスタレーションを発表。展示室の中央にファルス状の突起物が数多く付着したボートを設置し、これを撮影したモノクロのポスター999枚で壁や天井を覆い尽くして反復するヴィジョンを表現するというものだ。この展覧会にはアンディ・ウォーホルが訪れ、絶賛したとされる。(16)

恐怖の対象となるもののフォルムを、いつもいつも作りつづけることによって、恐怖の感情を抑えていく。ソフト・スカルプチュアの男根をいっぱい作って、その中に寝ころんでみる。そうすると、怖いものがおかしなもの、おもしろいものに変わってくる。(17)

penBOOKS やっぱり好きだ!草間彌生。、ペン編集部、阪急コミュニケーションズ、2011年

関連作品

《集合ー1,000艘のボート・ショー》展示風景(立っているのは草間本人)

出典:https://www.tate.org.uk/tate-etc/issue-24-spring-2012/infinity-on-single-canvas

物議を醸したハプニングという行為 -1967~69年

「芸術家としての手法を手がかりとして未来を創造し、革命を通じて自己の考える社会を作り出したいと思いました」と語る草間は、ベトナム反戦、性の解放などをテーマにしたハプニングという表現に乗り出す。これは、ウォール街やセントラルパークなどのランドマーク的な場所で若い男女が突然裸になり、草間が彼らの身体に水玉をペインティングするというものだ。実施前には周到にメディアを巻き込み、「デイリー・ニューズ」の1面で紹介されるなど、1960年代のヒッピー文化の隆盛にも絡み大きな反響を呼んだ。(18)

関連作品

「ハプニング」光景(長い黒髪の女性が草間本人)

出典:https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-yayoi-kusama-built-massive-market-work

小説家としての一面も。新人賞受賞実績もあり -1978年~

公私にわたるパートナーであったアーティストのジョゼフ・コーネルが1972年に帰らぬ人となり、体調を崩した草間は翌年帰国。帰国後は、版画、コラージュ、小説執筆など、それまでとは異なる分野の創作活動を始めた。1978年には長編『マンハッタン自殺未遂常習犯』を発表。1979年の『クリストファー男娼窟』で第10回野性時代新人文学賞を受賞した。ニューヨークを主題にしていたり、幻覚に苦しむ主人公が現れたりするが、草間自身は自叙伝的小説であることを否定している。とはいえ、1960年代のアメリカを舞台に描いた作品は、時代を伝えるドキュメントとして読める部分もあり、読む者に鮮烈な印象を与える。(19)

造形美術ではさぐり得なかった私の存在の別の一面に光をあてて、自己の分野を開拓したい。(20)

penBOOKS やっぱり好きだ!草間彌生。、ペン編集部、阪急コミュニケーションズ、2011年

関連作品

『クリストファー男娼窟』

出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B00C41BOWG

ヴェネツィア・ビエンナーレに日本代表として参加 -1993年

帰国後も創作意欲は衰えなかった草間だが、1980年代は日本の美術ジャーナリズムや批評家の多くは、「ハプニング」の社会的イメージの影響もあり草間の活動を積極的に取り上げなかったという。1989年にニューヨークの国際現代芸術センターで開かれた回顧展は草間の評価を大きく変える契機になり、1993年のヴェネツィア・ビエンナーレには日本代表として参加。それまでの日本の展示は2,3名の共同作品が通例だったが、草間はその功績により初めて個展という形で作品を発表した。(21)

《Mirror room (Pumpkin)》展示風景 1993年 ミクストメディア 200×200×200cm

出典:https://www.dazeddigital.com/art-photography/article/41697/1/when-yayoi-kusama-was-forced-to-start-her-career-again-infinity-dogwoof

カラフルな色彩が乱舞する新たな境地の開拓「クサマトリックス」展 -2004年

2004年の森美術館における個展「クサマトリックス 草間彌生」の頃から、草間の画風に変化が生じ始める。《ハーイ、コンニチワ!》は5人の少女と3匹の犬が草原で戯れているようなインスタレーションだ。これは、少女期に遂げられなかった幸福への願望を描いてみたものだと草間は語っている。(22)

ようやく完成したインスタレーションを見つめていると、涙がとめどなく流れ始めました。なぜなら、この5人の少女たちが私に「ハーイ、コンニチワ!」と問いかけてきたからです。それは、私の幻の青春に投げかけられた、愛の問いかけだったのです。(23)

水玉の履歴書、草間彌生、集英社、2013年

関連作品

「クサマトリックス」展示風景

出典:https://www.afterall.org/journal/issue.13/flying.deeper.and.farther.kusama.2005

連作《わが永遠の魂》の制作を開始 -2009年

草間は2009年に《わが永遠の魂》の制作を開始、現在も続けていて作品総数は500点を超える。正方形のカンヴァスにアクリル絵具を用いて、色彩豊かな画面を驚異的なハイペースで生み出しており、草間最大のシリーズ作品となる。具象的なモチーフと抽象的なパターンを織り交ぜた多様性のある作品群は、草間芸術の集大成ともいえよう。2017年には国立新美術館で本作を中心に据えた展覧会が開かれ、動員数は50万人を超えた。(24)

関連作品

《しのびがたい愛の行方》2014年 アクリル絵具、カンヴァス 194×194 cm

出典:http://kusama2017.jp/point/

国際的評価を決定づけた大回顧展 -2011~12年

2011~12年にロンドン、マドリッド、パリ、ニューヨークを巡回した「YAYOI KUSAMA」展は、草間の国際的評価を決定づけたとされる。これを企画したのは、ロンドンのテート・モダンのキュレーターであるフランシス・モリスだ。モリスは1993年のヴェネツィア・ビエンナーレで草間に着目したといい、「1960年代にニューヨークで制作された作品、なかでも《集積》の彫刻に魅せられました」と語っている。この展覧会は渡米以前から近年までの多様な展開を時代ごとに検証する流れとなり、大きな反響を呼んだ。(25)

草間の作品で最も魅力的に感じる点は、見る人を完全に作品世界に没入させてしまう独特のやり方です。(フランシス・モリス)(26)

水玉の履歴書、草間彌生、集英社、2013年

関連作品

「YAYOI KUSAMA」展覧会ビジュアル

出典:https://www.tate.org.uk/whats-on/tate-modern/exhibition/yayoi-kusama

北米を巡回した「Infinity Mirrors」展 -2017年

「見る人を完全に作品世界に没入させてしまう」表現の極致が、水玉やカボチャ、電球などの無限の反復に囲まれる鏡の部屋であろう。鏡は草間がニューヨーク時代から繰り返し使ってきたモチーフであり、2017年には鏡をテーマにした展覧会が北米6つの美術館を巡回。アイコン的な鏡張りの部屋が6つ用意され、LEDが一面を照らす部屋では来場者は無限の宇宙にいるかのように感じられる。草間は宇宙からさまざまなインスピレーションを受けて制作しているとも語り、素粒子や量子力学など宇宙に関する本もたくさん所有しているという。(27)

作品を観た人たちが宇宙の果てに行った感覚を味わってほしいと思っています。そして私自身も芸術制作を通して、無限の彼方にある宇宙の果てを見てみたい。(28)

水玉の履歴書、草間彌生、集英社、2013年

関連作品

《Infinity Mirrored Room—The Souls of Millions of Light Years Away》2013年 

Wood, metal, mirrors, plastic, acrylic, rubber, and LED lighting system

出典:https://hirshhorn.si.edu/kusama/infinity-rooms/#dots

90歳を超える草間だが、今なおエネルギッシュに第一線で活動を続けている。2017年には自身の名を冠した「草間彌生美術館」が東京に開館し、年2回の展覧会を行う他、完成したばかりの作品を展示するコーナーも設けられている。草間は第2の黄金期ともいうべき旺盛な制作に邁進しており、今後の絶えざる進化から目が離せない。(29)

私は、死んだあともなお、永遠に輝く芸術を望んでやみません。(中略)日本の美術の歴史ではなく、世界の美術の歴史に残って、できるだけ多くの人に作品を見てもらいたいと思っています。そのためには、やらなければならないことがまだ数えきれないくらいあって、それを思うと一瞬でも惜しく、ありったけの時間を制作のために使っているのです。(30)

水玉の履歴書、草間彌生、集英社、2013年

<別表 草間彌生作品の過去所蔵歴(一部)> (31)

<参考文献>

(1)http://www.otafinearts.com/artists/yayoi-kusama/

https://www.artprice.com/artist/144835/yayoi-kusama

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0

(1)(3)(4)(5)(8)(11)~(15)(18)(19)(21)~(23)(25)~(28)(30)水玉の履歴書、草間彌生、集英社、2013年

(2)http://yayoi-kusama.jp/j/information/index.html

(3)https://yayoikusamamuseum.jp/about/yayoikusama/

(3)(4)(6)(7)(9)(13)(15)~(20)(31)penBOOKS やっぱり好きだ!草間彌生。、ペン編集部、阪急コミュニケーションズ、2011年

(10)https://www.artprice.com/artist/144835/yayoi-kusama

(21)https://www.dazeddigital.com/art-photography/article/41697/1/when-yayoi-kusama-was-forced-to-start-her-career-again-infinity-dogwoof

(24)http://kusama2017.jp/point/

(27)https://hirshhorn.si.edu/kusama/infinity-rooms/#souls

(29)https://yayoikusamamuseum.jp/about/museum/

(31)https://www.victoria-miro.com/artists/31-yayoi-kusama/

https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/19676

https://muuseo.com/square/articles/785

ANDARTにて取り扱い中の作品


五木田智夫《LAZY BONES》80.3×65.3cm

日本人アーティストとして世界的に人気な五木田智夫の作品。Artnet社が2019年12月に発表した「2010年から2019年の間に大きな価格上昇を見せたアーティストランキング」において、88位にランクイン。日本人作家では草間彌生、白髪一雄と共に3名のみのランクインとなり、この10年間での国内外での人気が高まっている。本作は五木田智夫の代表的モチーフであるモノクロームの顔のない女性が描かれています。

本作品の作品詳細やオーナー権注文ページはこちら(ANDARTホームページ)

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