世界を舞台に活躍する写真家「天才アラーキー」荒木経惟

日本を代表する写真家の1人。電通にカメラマンとして入社、1964年に第1回太陽賞を受賞し脚光を浴びる。1971年に自身の新婚旅行を撮影した『センチメンタルな旅』で「私写真」という分野を切り開く。1972年の電通退社後はフリーランスとなり、以降は妖艶な花々、緊縛ヌード、空景、食事、東京の街、飼い猫など様々な被写体から強烈なエロス(生と性)とタナトス(死)が漂う独特の写真世界を創り上げ、国内外で高い評価を確立した。著作は500冊を超え、79歳となる現在も年間10本近くの展覧会をこなすなど、その制作への意欲は衰えることを知らない。荒木の作品は世界中で展示され、サンフランシスコ近代美術館やロンドンのテート・モダンなど著名な美術館の収蔵品となっている。(1)

#日本人アーティスト #アラーキー #写真家 #私写真 #ヴェネツィア・ビエンナーレ #レディーガガ #MoMA #週刊大衆 #森山大道 

概要


出典:https://www.nippon.com/ja/features/c03702/

出生 1940年生まれ

出身地 東京都台東区

学歴 1963年千葉大学工学部写真印刷工学科卒業

所属 タカ・イシイギャラリー

URL http://www.arakinobuyoshi.com/

主な活動歴


1963年 電通に入社、広告カメラマンとしての仕事のかたわら会社のスタジオで作品制作

1964年 《さっちん》で第1回太陽賞を受賞

1971年 新婚旅行を撮影した私家版写真集『センチメンタルな旅』を自費出版

1972年 電通を退社しフリーランスとして活動を始める

1974年 東京国立近代美術館の「15人の写真家」展に出品

1976年 オーストリア・グラーツ市立美術館の「日本の現代写真」展に出品

1986年 『アラキネマ・東京物語』をシネマライズ渋谷で上映

1991年 妻の死に際し、死期の写真を納めた『センチメンタルな旅・冬の旅』を出版

1992年 海外での初個展となる「AKT-TOKYO 1971-1991」をオーストリアで開催、ヨーロッパ各都市を巡回

1995年 フランス・ドイツ・イギリスなど各国で個展開催、大きな反響を得る

1996年 平凡社から『荒木経惟写真全集』(全20巻)の刊行が始まる

1999年 日本の公立美術館では初となる個展を東京都現代美術館で開催

2002年 日本人のポートレートを全国で撮影する「日本人ノ顔」プロジェクト開始

2002年 ヴェネツィア・ビエンナーレのイタリア館で個展開催

2003年 写真数千点による作品集『ARAKI BY ARAKI』を刊行

2005年 ロンドンのバービカン・アート・ギャラリーで過去最大規模の回顧展「Self, Life, Death(私、生、死)」を開催

2008年 オーストリアの芸術分野の最高位の勲章である「オーストリア科学・芸術勲章」が贈られる

2012年 第54回毎日芸術賞・特別賞、第6回安吾賞を受賞

2016年 パリのギメ東洋美術館で個展「Araki」開催

作品の特徴


『センチメンタルな旅』より 1971年 gelatin silver print 27.8×35.5cm
出典:http://hehepress.com/sentimentaljourney1971-2017

荒木の作品の中で重要な柱を成すのは、自身の私生活を被写体とした「私写真」という分野だ。この「私写真」の原点となるのが、1971年の新婚旅行を撮影した『センチメンタルな旅』である。この写真集の表紙には2人の結婚式の写真が載せられ、旅行中の妻・陽子のポートレートが数多く掲載されている。上記の写真は、柳川の川下り中に疲れて昼寝をしているというものだ。陽子はのちに42歳と若くして亡くなっており、荒木は「このときは無意識に撮っていたが、あとから振り返ると三途の川を渡っていたようだ」と語っている。(4)

こうして見るとね、もう三途の川を渡ってるんだよねぇ。で、形が胎児でしょ。こんなの無意識に撮ってたのよ。(中略)不思議だよなぁ。親父が死んだときに敷いてあったゴザ、船の上で眠ってる陽子の下もゴザでしょ。(中略)舟は川に浮いてるわけだから、三途の川・・・。

写真ノ話、荒木経惟、白水社、2005年(5)

荒木は「俺は陽子によって写真家になった」と語っており、愛する者の死を撮ることで写真の頂点を極めたという。陽子の死の前後を撮影した1991年の『センチメンタルな旅・冬の旅』は、葬式の写真も掲載され物議を醸した。荒木がもっとも気に入っているという旅行中の陽子の写真(以下の表紙)は、遺影として使われたという。(6)

関連作品

『荒木陽子 全愛情集』表紙 2017年出典:https://amzn.to/2V37cOl

荒木経惟を知る為のキーポイント


1970年代後半より海外で活躍。「Araki」として抜群の知名度を誇る

荒木はキャリア初期の1976年に早くもオーストリアの写真展に出品しており、1992年にヨーロッパを巡回した個展「AKT-TOKYO 1971-1991」は大きな反響を巻き起こして荒木の名を世界に知らしめることになった。2008年には全会一致で選ばれて「オーストリア科学・芸術勲章」を受賞、日本人初の快挙となった。近年では2016年にパリのギメ東洋美術館で個展「Araki」を開催、花や着物の女性、緊縛をテーマにしたものなど、荒木らしいテーマの作品が並んだ。荒木の緊縛写真は「KINBAKU」として海外でも認知されており、レディー・ガガの緊縛写真を撮影し『VOGUE HOMMES JAPAN』に掲載されたことでも知られている。(7)

関連作品

《墨汁綺譚》2007年 101.6×152.4cm 出典:https://www.guimet.fr/sites/araki/

欧米マーケットで人気を拡大

早くから海外、特にヨーロッパで多く展覧会を開催していた荒木は、ヨーロッパのマーケットで高い人気を誇る。落札額の国別分布を見るとイギリス32%、アメリカ24%、フランス17%、イタリア6%とヨーロッパ圏での実績が多い。これまでで最高落札額を記録した作品は《From Close to Range》で、2014年に約$19万(約2,040万円、いずれも手数料込みの金額)で落札された。近年のオークションでの合計落札価格は、年間約$50~60万程度で推移している。(8)

関連作品

《From Close to Range》1991年 Gelatin silver print 124.5 x 101.3cm 出典:https://bit.ly/34bNgND

有名ブランドとの多数のコラボレーション実績

荒木の写真のテーマは多岐にわたるが、華やかな色使いや花の写真などが評価され、有名アパレルブランドとのコラボレーションも多い。2017年にはパリの老舗セレクトショップ「COLETTE(コレット)」の閉店にあたり、「SAINT LAURENT(サンローラン)」とコラボレーションして制作したアートビジュアルがウィンドゥを飾った。また、近年ではメンズアパレル「SOPH.」やレディースアパレル「SLY」のTシャツなども手がけている。(9)

関連作品

「SAINT LAURENT(サンローラン)」とコラボレーションしたアートビジュアル

出典:https://hypebeast.com/jp/2017/12/nobuyoshi-araki-saint-laurent-colette-exhibit

「ARAKI for SLY」ビジュアル出典:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000224.000014511.html

荒木のライフワークともいえる週刊誌の連載企画

荒木は1998年から『週刊大衆』で「人妻エロス」という連載を続けている。荒木に撮ってほしいと応募してくる一般女性を撮影したもので、荒木は年相応の肉体も含めて生を謳歌する女性たちの生き生きした姿をカメラに収めている。アンチエイジングやダイエットに励み若さ=美しさという概念にしがみつこうとする女性へのアンチテーゼともいえよう。(10)

平気で自分をさらけ出して、さらに「綺麗に撮って」って気持ちを持っているのがいちばん人間らしくて、女として魅力的。

美術手帖2017年8月号、美術出版社(11)

関連作品

「人妻エロス」より出典:http://www.arakinobuyoshi.com/main.html

写真家・森山大道から影響を受け、展覧会を共催

荒木は2歳年上の写真家・森山大道から影響を受けたと語り、近年は雑誌での対談や展覧会の共催なども行っている。森山大道は1968年に創刊した同人誌『プロヴォーク』に参加し実験的な写真を掲載していたが、荒木は「おれは『プロヴォーク』に衝撃を受けた。『プロヴォーク』は日本の写真史であまり語られることがないが、それは過激派が地下で製造して投げつけた巨大な爆弾のようなものだった。あの時代は刺激に満ちていた」と語っている。(12) 2人は2005年に初めて「森山・新宿・荒木」を東京オペラシティアートギャラリーで開催し、それぞれがテリトリーとしてきた新宿という街を撮り下ろした写真を展示した。(13)

「森山・新宿・荒木」展覧会ビジュアル 2005年

出典:http://www.nanjo.com/project-item/moriyama-shinjuku-araki/

荒木経惟のアート作品について


荒木の「私写真」のはしりとなる「さっちん」 -1963年

荒木は大学生の頃、近所の少年「さっちん」を撮影し、これによって1964年に太陽賞を受賞した。荒木は、少年「さっちん」の中に自分を見たという。写真とは自分の周りや自分自身を撮ることであり、「私写真」の走りはこの「さっちん」だったと語る。(14)

<引用部分>

太陽賞が創設されたけど、ほかの人たちがどんな写真を応募するかオレにはわかっていた。水俣病患者とか、(中略)『ライフ』のような写真とは違う写真を応募すれば、賞はぜったいとれると思った。人々の毎日の暮らし、人々にとって身近なものを、オレは撮った。勝つのはわかっていた!(笑)

日本写真史1945-2017、レーナ・フリッチェ、青幻社、2018年(15)

関連作品

『さっちんとマー坊』より 1963年出典:https://www.cinra.net/news/gallery/45299/2

東京生まれ、東京育ちによる荒木の『東京物語』 -1989年

荒木は東京で生まれ育ち、仕事の拠点ともしていることから、東京をテーマにした作品が多い。特に有名なのは1989年の『東京物語』であろう。文字通り東京の様々な場所を写し出した作品で、荒木は「小津安二郎の映画『東京物語』がスキで、いつかあんな感じの写真集を、しかも同じタイトルの写真集を出したいと想っていた。」と語っている。(16)

関連作品

『東京物語』表紙 1989年 出典:https://made-in-wonder.com/item_detail.php?item_id=2632

ウィーンでの大回顧展で海外での評価を決定づける -1997年

1990年の陽子の死後、荒木は写真集『エロトス』(1993)などを経て徐々に作風が変化していった。人体の部分や植物のクローズアップなど、ある種グロテスクな性(生)の表現を行うようになったのである。(17) そうした中で海外、特にヨーロッパでも評価が高まり、1997年のウィーン・セセッションでの大回顧展「Tokyo Comedy」がその人気を決定づけたとされる。性的なイメージが荒木のトレードマークとして広がり、フェミニズム的な立場からの批判もあったが、「ARAKI」という名前が欧米に特別な意味合いをもって浸透していったのも事実であろう。(18)

関連作品

冊子『SECCESION』より 1997年 出典:https://bit.ly/3dZqf51

「日本人ノ顔」プロジェクトの開始  -2002年

2002年から開始された「日本人ノ顔」プロジェクトも特筆すべきものである。全国47都道府県を網羅し、1回につき500人ほどのポートレートを一気に撮影し、展示するというものだ。さらに展覧会に合わせて、大判の写真集も刊行されている。プロジェクトが進むに従い、単独のモデルだけでなく集団での撮影の割合が増え、「個」としての顔から「家族」「地域」といった横の広がりを含むものへ変化している。(19)

家族で撮ってくれって向こうから来るんです。そうすっとね、い〜んだねぇ、その顔が。(中略)お互いが作りあった笑顔なんだよ。(中略)そばに愛する人がいる、愛される人がいるっていう関係がないと、駄目なのよ。(20)

関連作品

(日本人ノ顔) 石川ノ顔 表紙 2004年出典:https://amzn.to/3bV4YY6

写真へのペインティングによる新たな表現『緊縛礼賛』  -2008年

2000年代から、写真にペインティングや化学的な処理によって色をつける試みが目立つようになる。『緊縛礼賛』では、ペインティングの対象は女性の写真だけでなく花、オブジェ、風景などにまで広がり、例えば空の写真には「空」と大書されていたりする。写真家という枠組みを超え、画家や書家の領域にまで踏み込みつつあるようだともいえる。(21)

関連作品

『緊縛礼賛』より 2008年出典:https://made-in-wonder.com/item_detail.php?item_id=3414

癌の手術と生還を経て『遺作 空2』  -2009年

荒木は2008年に前立腺癌の手術を行い、死を覚悟したとのことでのちに『遺作 空2』という写真集を手がけ、同名の展覧会をタカ・イシイギャラリーで開催した。空を写したモノクロ写真をカンヴァスに、ペインティングや女性の写真、忌野清志郎や大原麗子の死亡記事までが自由に配置されている。(22)

なんで『空2』かって。「に」や「ニ」じゃダメなんだ。「2」じゃないと。昔から言ってるけど、写真というのは現実や人生の模倣、現実の贋作であって、創作じゃないんだよ。だから2番目のコトなんだよね。(中略)死の予感が来ると生の欲望が出てくるんだよ、生欲が。この本は俺の「遺作」だけど、もしかしたら、ここで終わりじゃなくて、ここから生が始まるのかもしれない。

https://www.takaishiigallery.com/jp/archives/4732/(23)

「遺作 空2」展示風景 2009年出典:https://www.takaishiigallery.com/jp/archives/2540/

右眼の視力を失っても旺盛な活動を続ける『左眼ノ恋』  -2014年

荒木は前立腺癌に続き、2013年には右眼網膜中心動脈閉塞症により右眼の視力を失った。相次いで病気に見舞われても「死はこっちに向かって来るからね。こっちからは向かいたくないじゃない。来るんだよ。吹き飛ばさないとだめだぞ(笑)」という言葉通りに精力的に撮影を続ける。そして、写真の右半分を真っ黒に塗りつぶした作品で構成される個展「左眼ノ恋」をタカ・イシイギャラリーで開催した。この題名は、エド・ヴァン・デル・エルスケンが1954年に出版した写真集『セーヌ左岸の恋』の題名にかけたものだ。荒木は20歳の頃にこれを見て、女性に同じポーズをさせて写真を撮っていたという。(24)

関連作品

『左眼ノ恋』より 2014年出典:http://www.arakinobuyoshi.com/main.html

日本を代表する女優たちとのフォトセッション「女優礼賛」-2015~17年

荒木は2015年から2年半にかけて、雑誌『SWITCH』の「女優礼賛」という連載を担当。参加した女優は宮沢りえ、有村架純、夏木マリ、蒼井優など日本を代表する面々が揃い、アルマーニの衣装を纏って撮影するという企画で注目を集めた。ベテランから若手女優まで、荒木の手によりそれぞれの個性豊かで妖艶な美が引き出されており、一見の価値があるといえよう。(25)

関連作品

『SWITCH Vol.35 No.9』より 有村架純 2017年出典:https://www.cinra.net/news/20170822-switch

花をテーマにした対照的な世界「花遊園」と「花幽園」  -2017年

2017年は国内外で17の個展を開催し、荒木の最盛期ともいえるような年となった。中でも2つの相反する世界を表現した展覧会「花遊園」と「花幽園」は特筆すべきであろう。荒木は1967年に初めて意識的に花を被写体として撮影し、その後も重要なテーマであり続けている。(26)「花遊園」では、咲き誇り静かに枯れてゆく花と、その横から顔を出す女性や怪獣のフィギュアの組み合わせが表現された。(27)「花幽園」では枯れゆく定めにある花々が、ミイラのようなフィギュアと共に写し取られ、荒木の「生と死」に対する関心が官能的かつユーモラスにほのめかされた。(28)

関連作品

「花遊園」より 2017年出典:http://www.arakinobuyoshi.com/main.html

「花幽園」より 2017年 C-print 1000 x 1230 mm 出典:https://www.ratholegallery.com/exhibitions/2017/02Araki/release-jp.htm

愛する者の死や自身の度重なる病気を乗り越え、79歳になる今も年間10本を超える展覧会を精力的に開催する荒木。近年は葛飾北斎の「画狂老人」になぞらえて自らを「写狂老人」と称し、新作を次々を生み出すなど、その制作意欲は衰えることを知らない。死を間近に感じた荒木が、これまでの被写体やテーマ「私写真」「日記」「花」「エロス(生と性)とタナトス(死)」を日々更新し続けているのも驚くべきことだ。これからも進化を続ける荒木から目が離せない。(29)

老いていくと当然、体力や胆力も衰える。だけど写真ってのは、そうなったらなおさら撮れるものや見えてくるものがある。だから面白いんだよ。(中略)生きるってことは、淡々とそれを続けていくことだからさ。そういう日常の中に、時おり驚くようなことが潜んでるわけだ。それを記録していく、複写していくだけ。(中略)最後のシャッターは瞼かな(笑)。

写真ノ説明、荒木経惟、光文社新書、2016年(30)

<荒木経惟作品の過去所蔵歴> (31)

  • <参考文献>

(1)(2)(23)(31)https://www.takaishiigallery.com/jp/archives/4732/

(3)(6)(7)(18)(19)(21)(22)(31)KAWADE夢ムック 文藝別冊[永久保存版]荒木経惟、河出書房新社、2010年

(4)(5)(14)(20)写真ノ話、荒木経惟、白水社、2005年

(8)https://www.artprice.com/artist/154439/nobuyoshi-araki

(9)https://hypebeast.com/jp/2017/12/nobuyoshi-araki-saint-laurent-colette-exhibit

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000224.000014511.html

https://www.soph.net/shop/pages/NOBUYOSHI_ARAKIxuniform_experiment.aspx

(10)(26)写狂老人A、荒木経惟、河出書房新社、2017年

(11)(27)(29)美術手帖2017年8月号、美術出版社

(12)(15)日本写真史1945-2017、レーナ・フリッチェ、青幻社、2018年

(13)http://www.nanjo.com/project-item/moriyama-shinjuku-araki/

(16)https://made-in-wonder.com/item_detail.php?item_id=2632

(17)https://made-in-wonder.com/item_detail.php?item_id=2764

(24)http://www.arakinobuyoshi.com/main.html

(25)https://www.cinra.net/news/20170822-switch

https://www.fashion-press.net/news/32955

(28)https://www.ratholegallery.com/exhibitions/2017/02Araki/release-jp.htm

(30)写真ノ説明、荒木経惟、光文社新書、2016年

(31)https://casabrutus.com/art/94774

ANDARTにて取り扱い中の作品


《Koki No Shashin : Photographs of A Seventy Years Old》
2010年 Gelatin Silver Print 102 x 125.3 cm

世界の歌姫であるLADY GAGAの緊縛ヌードが話題になった本作品は、GAGA本人からのリクエストにより雑誌の企画内で実現し、荒木経惟の個展「古希ノ写真」で発表された作品の一つ。

本作品の作品詳細やオーナー権注文ページはこちら(ANDARTホームページ)

ANDART(アンドアート)は、高額な有名アート作品や大型作品でも1万円から共同保有できる日本初の会員権プラットフォームです。本日ご紹介した日本を代表する写真家・荒木経惟を筆頭とした国内外の現代アート作品を取り扱っています。