
【アート×映画 vol.3】“価値とは何か?”その本質に鋭く迫るドキュメンタリー映画『アートのお値段』
昨今、アートマーケットは未だかつてない活況に湧いている。
とくにコロナ以降は、世界経済が大きな打撃を受ける一方で、余ったお金はアート市場に流れ込み、現代アートの価格が高騰している流れもある。
また、オークション市場では、1億5000万円の絵が落札された瞬間にシュレッダーにかけられたバンクシーの《愛はごみ箱の中に》、現存作家として過去最高額の約100億円の落札を記録したジェフ・クーンズの《ラビット》、さらに昨年2020年10月に行われたサザビーズ香港にて出品されたゲルハルト・リヒターの《Abstraktes Bild (649-2)》を箱根のポーラ美術館が約30億円で落札したことなど、次々とビックニュースが更新されている。

しかし、このようにアート業界の盛り上がりを見せる中で、「アートの価値とは?その価格とはどのように決まっているのだろう?」と素朴な疑問を抱いている方も、少なくないのではないだろうか。
そこでご紹介したいのが、日本で2019年に公開されたドキュメンタリー映画『アートのお値段』である。
今回は、その中からとくにフォーカスしたい5つのポイントをピックアップしてお届けしたい。(※一部ネタバレあり)
多彩な視点からフラットに見えてくる、アート業界の俯瞰図
まず、この映画で注目したいのが、アート業界に携わる多彩な人物が登場することだ。
アーティストを始め、オークショニア、コレクター、批評家、ギャラリスト、キュレーターまで、業界の各分野のキーパーソンといえるような、実に様々な人物が登場するのだ。


映画の中では、各々の立場や視点からの見解が語られている。そのため、業界の全体像を俯瞰して捉えられるばかりでなく、多角的な視点が入ることで、一つの事柄をとってみても、フラットな目線で捉える上でも役立つだろう。
「こんな見方もあったのか」、「AとBの間には、こんな相関関係があったのか!」というように、新たな視点を与えてもらえるのも、嬉しいポイント。
またそれと合わせて、業界のキーパーソンの口から語られる数々の証言もリアリティがあって、実に面白い。やや皮肉っぽくありながらもウィットに富んだ一言は、見る立場によって受け止め方はそれぞれだろうが、説得力は十分。確実に、心に「何か」を残してくれる。
(ちなみに、公式HPでは登場人物の鋭いコメントもアップされているので、ぜひチェクしてみてほしい)
ちなみに劇中の人物の中でも圧倒的登場数を誇る、アーティストのジェフ・クーンズとコレクターのステファン・エドリス氏には、とくに注目したい。

ジェフ・クーンズといえば、2019年に鋼彫刻の作品《Rabbit》が、在命する芸術家としては史上最高額の100億円で落札されたことでも話題になった美術界の超重要人物。そしてもう一方のステファン・エドリス氏は、伝説のコレクターと呼ばれ、《Rabbit》に最初に目をつけたことで知られている。

ステファン・エドリス氏が最初に《Rabbit》に出会ったのは、1991年のこと。純粋に作品に惹かれて購入を決めたというが、当時の金額は、94万5千ドル(およそ10 億円)。それが20年後には10倍の価格に跳ね上がっている未来など、果たして想像できたであろうか。
これはほんの一例にすぎないが、このようにアーティストとコレクター、コレクターとオークショニアというように、立場の違う各界のキーパーソンの人間模様が繰り広げられていく。同時並行に証言・名言が活発に飛び交う様子も、ドキュメンタリーならでの醍醐味だろう。
200点にも及ぶ、近現代美術の傑作が登場!
本作の中には、前述の《Rabbit》をはじめ、ゲルハルト・リヒターやアンディ・ウォーホール、ダミアン・ハースト、ウーゴ・ロンディノーネ、村上隆など、およそ200点にも及ぶ近現代美術の傑作が、惜しげもなく紹介されている。
《Rabbit》が市場価値を持ち始めた経緯をはじめ、今やオークションでは目にしないことはないゲルハルト・リヒターの作品が、なぜこれほどまでに多くの人々に愛されるのか。さらに、未だかつてない斬新な方法で「死を感じさせるアート」を発表し、業界にセンセーショナルを巻き起こしたダミアン・ハーストの作品も登場し、私たちに「アートとは何か?」という本質的な問いを投げかける。

お馴染みの作品もあれば、初めて目にする作品もあるだろうが、現代アートにおける重要作品を一挙に見れること自体、稀少であるはず。賞味およそ一時間半の間に、これほどたくさんの個性溢れるアーティストと作品のバリエーションの魅力がぎっしり詰まっているのだから、贅沢というよりほかないだろう。
今話題のオークション、その舞台裏の秘密に迫る!
この映画に冠された『アートのお値段』というタイトルに直結する「お金」というテーマにおいて、忘れてはならない重要な機関がある。
それが、フィリップスやサザビーズといった、オークションハウスの存在である。

オークションハウスはアートの価値づけを行い、さらにコレクターとバイヤーを結ぶ上で、とても重要な役割を果たしている。資本主義社会において、価値とはわかりやすくお金=「お値段」に換算されるものであり、それがマーケットを動かす原動力となっている事実を知れば、なおのこと。そうした機関がアート業界において、どれほど大切なポジションを占めているかが、よく理解できるだろう。
その意味で、本編に度々登場する、サザビーズのグローバル・ファイン・アーツ部門責任者・エイミー・カペラッツォ氏の証言には、注目すべきポイントがたくさんある。

たった一回でも、ものすごい額が動くオークション。
それを成功に導くために、どれほどの時間と労力を費やしているのか?
一見煌びやかに見えるオークションの世界だが、作品の価値を伝えるためにコレクターに会いに行って直々に交渉する姿や、価値を感じてもらうために作品の魅力を「どのように見せて、どう伝えるか?」に試行錯誤する姿は、タフそのもの。見ていて、ドキドキ・ハラハラさせられる。
中でも、エイミー・カペラッツォ氏の一押し、ゲハルト・リヒターの作品の価値をどう伝えるのか?白熱の議論が繰り広げられるシーンは必見。

美術史における歴史的文脈、現代の市場におけるトレンド、目利きコレクターが真に求めるものなど、あらゆる知識や感性を総動員させて、どう見せるか?ということを、戦略的に決めているからである。
ここから見えてくるのは、「価値とは一日にして作られるものではない」ということだ。
言うまでもなく、オークショニアはある意味、アートの価値づけを行う仕掛け人とも言える存在。しかし、それは美術への深い理解と情熱があってこそ初めて成り立つものであることを、改めて考えさせられるシーンである。
例えば、投機目的で市場に参入してくる人々がいたとしても、例えばステファン・エドリス氏のような審美眼のある真のアート好きに価値を伝えるためには、生半可なプレゼンでは到底見抜かれてしまい、対等な信頼関係を築くことはできないだろう。
ここでも「アートの価値とは何か」という問いが、真っ直ぐに投げかけられているようだ。
「需要と供給のバランス」は、やっぱり基本中の基本
今、高値がついていたとしても、10年後の価値が保証されるとは限らない。
価値とは、その時々で変わるもの。
だから永遠不滅に価値が変わらないものなど、どこにもない。
度々登場するこのようなフレーズもまた、映画において繰り返される一貫したメッセージである。
これらが意味するものは何か?
それはシンプルに、市場は「需要と供給のバランスで成り立っている」ということだ。
例えば、フィリップスCEOのエドワード・ドルマン氏の言葉は、当時のアートマーケットを端的に表す意味でも示唆的である。1990年代に入ってから、近現代美術の巨匠が描いた作品が激減し、アート市場も縮小傾向になった時期に、このような発言をしているのだ。
「ちょうどその頃、マーケットには若い超富裕層を中心とした新しいコレクターが現れた。彼らは“新しい作品”を欲していた。現代アートはまさに今、制作されているものなので、供給の問題はなかった」と。
これはつまり、1990年代に近代以前の絵画が美術館などに収蔵され、だんだんと売る作品がなくなってきたーーつまり需要に供給が追いつかなくなったことを受けて、現代アートが一躍脚光を浴びるようになった、ということだ。
人間の心理とは不思議なもので、人は「手に入らない」と思えば欲しくなり、逆に「いつでも手に入る」と思えば、すぐに欲しがることもない。そう考えると価値もまた一定の水準に留まるものではなく、気まぐれで揺れ動きやすい人間の主観的な思考や感情によって、常に変動しているものだと言えるだろう。
これを「需要と供給」という言葉に置き換えれば、多くの人が欲しがるものであれば、自然と価格も上がっていくということだ。とくに数が限られているアートに関しては、それが顕著である。
有名コレクターが最後に残した、“意味深”なコメント
映画のラストでは、ステファン・エドリス氏がこれまで大切に集めてきたコレクションをシカゴ現代美術館に寄贈する、という決断をするシーンが登場する。
この時、彼はウォホールの《Liz》の作品について、こう語るのだ。

「Lizを手放すことになったが、妻が完璧なコピーを作ってくれた。全くテクノロジーの進化には驚くよ」と。
それに対してインタビュアーは、こんな鋭い質問を投げかける。
「複製可能なら、芸術作品とは何ですか?」
これは、今のNFT市場に通じる話ではないか。
作品の持つ唯一無二の価値とは、一体なにをもって証明され、何をもって担保されるのか?
最後の最後に放たれるインタビュアーの意味深な発言は、盛り上がるNFT市場に対する重要なクエスチョンであり、「アートの価値とは何か」ということを、最後に改めて問いかけるという意味で見逃せない。

まとめ
「アートとは何か」、「価値とはどう決まるのか」というテーマを絶えず投げかけられるからこそ、そこに否応なく向き合わずにいられなくなる映画『アートのお値段』。

コレクターのステファン・エドリスの「多くの人は値段を知っていても、価値を知らないんだ」という発言も、まさに言い得て妙である。言われてみれば確かに、私たちは価値のついたモノの中に生きていながら、そのことに対してあまりにも無頓着なのかもしれない。
思えば、モノが貨幣と交換されるようになり、そこに値段がつくようになった時からすでに、この問いは始まっていたのだ。永遠のテーマとも言える「価値の本質」は、これから一体どこに向かっていくのだろうか。
折しも、アナログとデジタルの世界の境界線が曖昧になり、デジタルにも価値がつくようになった時代、そうした背景の中でNFT市場が活況に湧いている今だからこそ、ぜひチェックしたい映画である。
【映画情報】
ドキュメンタリー映画『アートのお値段』
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文:小池タカエ