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アート解説

パンデミックを経てアートはどこに向かうのかー。ダミアン・ハーストが見た新しい世界。

世間の注目を集め続ける現代アーティスト、ダミアン・ハースト。パンデミックを経た今、彼の目にアート界はどう映っているのだろうか。作品の話題性はもちろんアートビジネスの革命児としても有名なハーストのアートとの向き合い方や親交のあるアーティスト、話題を提供し続けるアイデアの源に迫る。

画像引用:https://fadmagazine.com/

パンデミックを通した心境の変化、アートへの向き合い方

世界中を混乱に巻き込んだパンデミック。この出来事は最も裕福なアーティストのひとりであるハーストの生活や制作環境も一変させた。経済的な理由からスタッフを削減。常に人に囲まれていた現場が、ひとりでの作業場となったのだ。アーティストの制作環境が変わることは作品にどんな影響をもたらすのだろう。ハーストの場合、この変化が思いがけない結果へと繋がった。「ひとりで仕事をするとはこういうことかと実感し、完全な沈黙の中で仕事をするのが好きだというのに気づいた。」のだという。以前は、音楽をかけたり雑談をしながらの作業だったが、自分に合う新しいスタイルを発見したのだ。

そんなハーストの話も発表された作品をみると頷ける。次のステップともいえるアイデアが詰め込まれた作品は新しい創作スタイルの効果なのかもしれない。まずは、107枚のキャンバスに桜を描いた《Cherry Blossoms》。近年、《Colour Space》や《Veil Paintings》によって、少量の絵の具を塗り重ねることで色の無限の可能性や、奥行きを追求してきたハーストの集大成ともいえる作品である。この作品については「まるで装飾のようでありながらも、実は自然からテーマを得た、美と生と死にまつわるもの」だと語っている。パリのカルティエ現代美術財団で2022年1月2日(日)まで展示されている。

さらに《The Currency》というプロジェクトで自身初となるNFTへの参加を開始した。これは、ハーストのドットペインティングシリーズをモチーフに描かれた紙の作品で、なんと1万枚をハーストが手書きで制作したというから驚きだ。絵のタイトルは、彼が好きな歌の歌詞からAIでランダムに付けられている。更に手が込んでいるのが、全ての作品に透かしがあり、9つもの偽造防止策が盛り込まれている点。購入作品は、NFT版か紙のどちらかを選択式で、NFT版を選んだら紙の作品は破棄されてしまう。取り組みの話題性もありこの作品は25,000ドル以上を売り上げた。

8601個のダイヤモンドが詰まった頭蓋骨の作品。
作った理由は大金の使い道がわからなかったから。

 世の中の状況を機敏にキャッチし、次々に新しい発想の作品を世に送り出すハーストだが、そのアイデアはどこから生まれ、どんな葛藤と戦っているのか。「私は、ただバカげたアイデアを持っていて、それが現実になるのを見たいと思っている。例えば、新聞で見た麻薬捜査の写真が素敵だと感じれば、スタジオで発泡スチロールをコカインに見立てたパックを作り始めるよ。常にそんなことを考えているんだ。」

こう聞くと浮かんだアイデアをどんどん形にしているように聞こえるが、ハーストの作品にはブレない軸があり、お金や死が重要なテーマのひとつとなっている。人間が必ず直面するもの、しかしダイレクトに表現することが敬遠されるものだ。中でもダイヤモンドスカルの作品《For the Love of God》はそんなメッセージが強くこめられた彼の代表作である。そして、制作で最も葛藤があった作品でもあったようだ。彼はこの作品が生まれた理由について次のように話している。「私は当時大金を手にしていたが、使い道がわからなかった。アーティストは身の周りにあるものから作品を生み出すのだから、お金に関するものを作ればいいと考えたんだ。」

ダイヤモンドの数はなんと8601個。制作中、人に気に入ってもらえるか分からない作品制作に大金を支払うことに不安を感じ、これで良いのかという感情に襲われたという。アーティストとして駆け出しの頃には、電気が止まる生活も経験しているハースト。お金の複雑さは痛感しているのだろう。お金がない時とある時にはアートへの向き合い方が変化するとも感じているようだ。

ダミアン・ハースト《For the Love of God》(2007)
画像引用:https://www.damienhirst.com/

作品を尊敬し合う。アーティストとの交流。

お金について自身の深い哲学があるハーストだが、他のアーティストの作品購入に使うという行動も大切にしているようだ。ジェフ・クーンズの彫刻をリビングルームの壁に飾っていたり、バンクシー作品もたくさん持っているという。「子供たちに自分のコレクションから好きなものを寝室に置いていいといったら、パパの絵を外してバンクシーにしてもいい?と聞かれがっかりした。」というお茶目なエピソードも明かしている。

また、自分の作品を好んで買ってくれるアーティストたちとも交流がある。例えば、ドレイクやエド・シーラン。ふたりとの出会いも作品を購入してもらったのがきっかけだった。無料で欲しがるのではなく、お金を出して買って喜んでくれることがとても嬉しいと感じたそうだ。多くの著名人に会ってきたハーストは、「実生活でも素晴らしく地に足のついた謙虚な姿勢に感動した。」と語っている。エド・シーランのアルバム「Divide」でカバーを手がけたり、最近ではドレイクのアルバム「Certified Lover Boy」でも、スポットペインティングをモチーフとしたデザインを発表した。

画像引用:https://people.com/

アートは私たちの世界を反映するもの。
新しい世界への期待が溢れるNFTが大好き

今後、アート界、そしてハースト自身はどこに向かうのか。お金や死といった自身のテーマも掘り下げつつ、世の中の流れも鋭くキャッチしていくハースト。近年のアートトレンドであるNFT出品にもいち早く着手した。彼がNFTで注目したのはコミュニティの強さだった。ライフスタイルの変化により物理的につながるのが難しくなっている昨今。世界中につながるインターネット網は無限大だ。「アートは私たちが生きている世界を反映したものであり、そんなアートに取り組む人が絶えないことを願っている。一方で私はNFTが大好き。NFTは物理的でなくても、アートを通して繋がるコミュニティがある新しい世界だ。これはとても素晴らしいことだと思う。」と語った。

自身のテーマと徹底的に向き合う姿勢は崩さずに、新しい世の中の流れにも反応して構築されていくアート。鋭い洞察力や俯瞰して物事をみる姿勢が作品制作にいかされていることはいうまでもないだろう。世の中に溢れている矛盾、心に引っかかる要素を見逃さず、感性豊かに世界に発信していく彼のパワーはまだまだ今後のアート界を引っ張っていってくれそうだ。

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文:ANDART編集部