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アート解説

美しいだけじゃない!ダミアン・ハーストの「桜」に込められた意味を解説

イギリスを代表する現代アーティスト、ダミアン・ハースト(Damien Hirst, 1965-)。生と死を主な制作テーマとし、動物をホルマリン漬けにした「Natural History」シリーズなど衝撃的な作品で知られる。アートをビジネスとしてとらえる傾向にあり、早い段階でNFTプロジェクトに取り組むなど話題にこと欠かない。

この記事では、そんなハーストが日本人の心ともいえる「桜」を描いたシリーズについて解説する。

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国立新美術館の個展で話題に!

国立新美術館「ダミアン・ハースト 桜」展示風景(撮影:ANDART編集部)


2022年、東京・六本木の国立新美術館で、ハースト日本初の大規模個展となる「ダミアン・ハースト 桜」が開催された。

展示された24点は、すべて桜を描いたもの。高さ3メートル程の作品が白い壁に並ぶ様子は圧巻で、没入感の強い展覧会となった。3月から5月にかけて、実際に桜のシーズンだったこともあり、「本当にお花見しているみたい」という声も。桜の華やかさや儚さを見事に表現したハーストの作品群を前に、桜の美しさを再認識した鑑賞者も多かったことだろう。

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「桜」を描いたのはなぜ?

日本人には馴染み深い花、桜。古事記や万葉集にも桜に関する記述が見られる。開花時期が限られていることから、生命の儚さや美の象徴として愛されてきた。

ハーストは2018年から3年かけて、107点に及ぶ「桜」シリーズを制作。来日した24点のように、ほとんどが大画面に描かれている。これほど壮大な連作のモチーフに桜を選んだのは、一体なぜなのだろうか。

ダミアン・ハースト《Veil of Perfect Harmony》(2017年)
画像出典:https://www.damienhirst.com/


2017年、ハーストは「ベール・ペインティング」という、無数のドットが色彩の幕(ベール)のように見える絵画シリーズに取り組んでいた。ドットを重ねて奥行きを出そうとしているうちに、描いているものが庭や木のように見えてきたという。さらに、小さい頃に母親が桜の絵を描いているのを見て、油絵の具にあこがれていたことを思い出す。

ただ木を描くだけでは単純すぎるが、桜であれば、抽象的であることと具象的であることを両立できるのではないか。抽象と具象、ふたつの世界を行き来する手段として思いついたのが、「桜を描くこと」だったのだ。

そもそも、ハーストは制作を通して生と死を考察し続けてきた。生死や再生の象徴としてとらえられてきた桜は、ハーストにうってつけのモチーフといえる。

〈桜〉のシリーズは美と生と死についての作品なんだ。それらは極端で、どこか野暮ったい。(中略)〈桜〉は装飾的だが、自然からアイデアを得ている。欲望、周囲の事柄をどのように扱い、何に変化させるのかについて、さらに狂気的で視覚的な美の儚さについても表現している。(中略)〈桜〉はけばけばしく、とっ散らかっていて、儚い。そして、私がミニマリズムや想像上の機械仕掛けの画家であるというイメージから離れたことを示していて、とてもわくわくするものなんだ。

ダミアン・ハースト

ポスト印象派 × アクション・ペインティング!

ダミアン・ハースト《漢字桜》(2018)の一部


「桜」シリーズでは、モチーフだけでなく描き方にも注目したい。ハーストの表現方法からは、19世紀後半から20世紀の西洋美術史に名を残す画家たちの影響が色濃く感じられるからだ。

異なる色のドットを重ねた桜の花の表現は、クロード・モネやピエール=オーギュスト・ルノワールら印象派が採用した筆触分割を想起させる。筆触分割とは、絵の具を混ぜずに小さな点や線を並べる手法。そうすると色が濁らないため、画面上でも自然光の鮮やかさを保つことができるのだ。それを科学的に分析して「点描」を発展させたのが、新印象派と呼ばれるジョルジュ・スーラやポール・シニャックたち。

ジョルジュ・スーラ《グランド・ジャット島の日曜日の午後》(1884-1886年)
出典:https://www.larousse.fr/


同じ頃、日本でも知名度の高いフィンセント=ファン・ゴッホやポール・ゴーギャンら、ポスト印象派が登場。見たままを描こうとした印象派・新印象派たちの技法を取り入れながら、より自由なタッチでアーティストの内面や観念も表現しようとした。

ハーストの「桜」シリーズにはポスト印象派の精神に通じるものがあり、ゴッホの《花咲くアーモンドの木の枝》(1890年)からの直接的な影響も指摘されている。

フィンセント=ファン・ゴッホ《花咲くアーモンドの木の枝》(1890年)
出典:https://ja.wikipedia.org/


また、「桜」の大画面に飛び散る絵の具からはアーティストの身体の動きが感じられ、ジャクソン・ポロックの「アクション・ペインティング」にもつながっている。制作風景を映した動画で、ハーストはキャンバスの前に立って絵の具を投げつけ、「ポロックをやった」と自ら語っている。


さらに、鑑賞者を包み込むような没入感は、マーク・ロスコの「カラー・フィールド・ペインティング」に通じる。つまり、「桜」シリーズは19世紀後半以降の偉大な芸術にオマージュを捧げた、アートの集大成とも呼ぶべき連作なのだ。

日本人の心「武士道の八徳」を表す桜

2021年、ハーストは「桜」シリーズに数えられる版画を発表。ハーストのNFTプロジェクトに協力した出版社HENIからリリースされ、いち早く支払いにビットコインとイーサリアムを受け入れたことでも話題となった。

ダミアン・ハースト《The Virtues》(2021年)
出典:https://leviathan.heni.com/


それぞれ120.0 x 96.0 cm のプリント作品8点組で、全体のタイトルは《The Virtues》。“virtue”は日本語で「美徳」を意味し、新渡戸稲造が唱えた「武士道の八徳」から引用されている。

画像上段左から、Justice(正義)Courage(勇気)Mercy(慈悲)Politeness(礼儀)、下段左からHonesty(誠実)Honour(名誉)Loyalty(忠誠)Control(統制)。日本人の精神を支える8つの徳だ。本作に描かれた桜は、脈々と受け継がれてきた日本の価値観を象徴している。

ちなみに、このプリント以外の「桜」にも、《素晴らしい世界の桜》、《真実の桜》、《叫んでいる新しい桜》など、それぞれタイトルがつけられている。作品の根底にある精神を知れば、より深く作品を味わえるだけでなく、実際の桜の花を見た時にも一層楽しむことができるかもしれない。

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文:ANDART編集部

参考:
国立新美術館, 日本経済新聞社 文化事業局編『ダミアン・ハースト 桜』日本経済新聞社,2022
HENI LEVIATHAN “Damien Hirst The Virtues” https://leviathan.heni.com/the-virtues/