
【アート×映画 vol.2】監督・バンクシーの才能が凝縮された決定版!『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
壁に絵を描き、世界のあちこちに出没する覆面アーティスト、バンクシー。あまりにも謎が多く、正体不明であるがゆえに様々な憶測を呼んでいる人物であるが、今回はそんな噂の人物の素顔にほんの少し近づけるような感覚をもたらしてくれる映画のご紹介をしたい。
バンクシー自身が監督を務めたドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』だ。
本作は、第83回米アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた話題作で、バンクシーは監督を務めたばかりでなく、本編の様々なシーンにも出没する映画である。
今回は、全編を通して描かれるストリートアートのリアルな現場から、見どころとなる5つのポイントをピックアップしてお届けしたい。(※一部ネタバレがあり)
映画の中でも、やっぱり“神出鬼没”!
まず注目したいのは、印象的なリリックからスタートする、オープニングムービーだ。
感じるだろう
湧き上がる思い
恐れずに
自分を信じろ
君は自由だ
さあ踏み出そう
今夜
街は僕らのものだ
心の光はウソをつかない
映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』より
こちらは、バンクシー自身の心を歌ったものだろうか。
ストリートアートの世界で表現者として生きる者たちの情熱や魂の叫び、また、自由を求める思いを代弁するかのような力強くストレートなリリックが、真っ直ぐに心に突き刺さってくる。
不意に音楽が鳴り止むと、スエットに身を包んだ男が不意にスクリーンに現れる。
バンクシーの登場だ。

画像引用:https://eiga.com/
「こんなに早くから!?」と一瞬不意打ちを食らってしまう。しかしこの人物こそ、世界中を駆け巡る、神出鬼没の伝説の覆面アーティスト。
そう考えると、何の前触れもなく突如姿を表すこの登場シーンでさえも、バンクシーの思惑通り!?と勘ぐってしまう。
スクリーン越しでありながらも、まるでバンクシーと直で対面したような錯覚を起こさせるような絶妙なトリックは、その後の展開への期待感を高めてくれる”装置”とも言える。
それから、静かに語り出した当人は、こんな意味深な言葉を残して、再びスクリーンを覆う闇の中に姿を消していった。
「どんな映画だ?僕の映画を作ろうとした男のドキュメンタリーだ。僕よりもはるかに面白いから その男を主人公にしたんだ」。
バンクシーの謎めいた人物像が際立つ冒頭シーンは必見だ。
驚くほどの偏愛ぶり!
ビデオカメラ片手に、ストリートアートの全てを記録する男
続いて、本ドキュメンタリーの主人公、ティエリー・グエッタが登場する。

ティエリーは元々フランスからロサンゼルスに移住して古着屋を営む、一見ごく普通の一般市民だった。
しかし、そんなティエリーに実は、驚くほどの偏愛ぶりを見せる、熱狂的な趣味があった。
それが、10代前半にふとしたきっかけで手にした「ビデオカメラ」である。
ティエリーは、そんな愛すべきモノを手にして以来、撮影に夢中になり、次第に好奇の対象となるものを片っ端から記録していくようになる。
そんな彼に転機が訪れたのは、地元に里帰りをした際に、従兄弟のモザイク・アーティスト、スペース・インベーダーと再会を果たした時のこと。
当時、ストリートアートの世界で先鋭的な活動をしていた従兄弟との出会いはティエリーにとって相当な衝撃だったようで、この再会以降、ティエリーはストリートアートの世界に、文字通り「どっぷりハマっていく」ことになる。

画像引用:https://sniffingeurope.com/
昼夜関係なく、気になるグラフィティ・アーティストを追いかけ、その現場にリアルで立ち会い、制作風景やアーティストの素顔を次々と記録し始めるようになった。
ただ言うまでもなく、路上での「落書き」は違法すれすれの行為であるため、警察の監視がつきまとうのが常。しかしそんな法の目をかいくぐるようにして、リアルなストリートアートの現場をダイナミックに記録し続ける姿は、圧巻としか言いようがない。
「逮捕されるかも、というスリルはやめられない」
ティエリー自身もこんな一言を残しているように、見ているこちら側がハラハラさせられてしまうが、そんなドキドキ感もたまらない。
その後、ティエリーは、元バラク・オバマ大統領選挙応援ポスターの制作で広く名を知らしめた人物、シェパード・フェアリーとの幸運の出会いを筆頭に、Seizer(シーザー)、Neckface(ネックフェイス)、Sweet Toof & Cyclops (スイート・トゥーフ&サイクロプス)といった錚々たるアーティストに出会い、アーティスト/ 撮影係 兼 見張り番として、その人物たちと二人三脚の協力関係を築いていくようになる。


こちらでは、そうしたアーティストたちの生み出す作品や、本人の素顔に迫るシーンも登場するので、こちらも貴重な一コマとして、目を光らせておきたい。
ついにバンクシーと接触!
ティエリーの運命を変えた、歴史的瞬間
その世界で知られていた、錚々たるストリートアーティストとその作品を追いかけ続けていたティエリーであったが、たった一人だけ、出会えていない人物がいた。
それが、バンクシーだった。
もはや、その世界で知らぬ者はいない、圧倒的有名人のバンクシーを撮影することは、ティエリーにとっても長年の悲願で、本人への接近のチャンスをずっと見計らってきた。
がしかし、あまりにもハードルが高すぎる。相手は、ストリートアート界の超大物。表に決して姿を見せることのない、あらゆる一般的な履歴とは無縁の、追わせないことで有名な謎多き覆面アーティストであったからだ。
しかしある時、思いがけない朗報が突然ティエリーの元に舞い込んだ。
従兄弟からのこの一本の電話を機に、ここからまた一段と、ティエリーの人生はさらにダイナミックに大変化を遂げていくことになる。
念願叶って遂にバンクシーと接触が実現し、さらにはあらゆる制作現場の撮影に立ち会えるようにまでなったティエリー。
ティエリーがバンクシー本人と直で接触できるようになったのは、もちろん彼のそれまでのストリート活動が一定の評価を得ていたことや、彼自身のアートに対する情熱が伝播し功を奏したことは言うまでもない。
しかし、とはいえ、である。
なぜあれほどの大物が、全てが秘密裡の中で進められているバンクシーが、ティエリーに心を開き、最終的には朋友とまで言わせしめ、一人の人間として良きパートナーとして信頼するまでに至ったのか?
バンクシーの信頼を勝ち取るまでの経緯は、見どころでもあるので、ぜひ映画の中で直接確かめてほしい。
現代アートの価値を一気に押し上げた、カリスマ立役者・バンクシー
映画には、アメリカのLAで初開催されたバンクシーの展覧会「Barely Legal(ベアリー・リーガル かろうじて合法)」での、貴重なシーンも登場する。

バンクシーはこの展覧会を通じてセレブリティやアート市場、社会問題から目を背け続ける人々に対して、何かしらのメッセージを投げかけたかったと言われている。
巨大な象に赤と金の花柄ペイントを施した斬新なショーを筆頭に、バンクシー好きとして知られるブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー夫妻(当時)が来場し、総額数千万円もの作品を購入したこともニュースとなるなど、大きな物議を醸した。
結果は大成功!連日、大盛況で会場の前には長蛇の列ができ、3日間でおよそ3万人の動員を記録するほどの成果を収めた。
しかし本展はこの素晴らしい結果にとどまらず、さらなるムーブメントを巻き起こすことになった。
このセンセーショナルなショーを機にバンクシーの知名度はさらに跳ね上がり、なんと、これまでピカソやモネの作品を蒐集していたような著名コレクター達の間でも、人気を博すようになったのだ。
それにより「現代アート」がクラシカルな美術品と同様に一流の目利きにとって“価値あるもの”として扱われるようになり、コレクター市場に出ていくことになる。

画像引用:https://www.huffingtonpost.jp/
つまりバンクシーはこの時、これまで水面下の存在であった現代アート(ひいてはストリートアート)に正当な価値を与え、新たな市場を創造し、これまで日の目を見なかったアーティストたちに活躍の場を与える、立役者となったのだ。
現代アートを一気に世に知らしめることになったこの歴史的事件を、果たしてバンクシーは確信犯として実行したのだろうか。それとも単なる偶然か。
あまりにも良くでき過ぎた展開。真偽のほどは定かではないが、これまでの巧妙な仕掛けの実態を追えば追うほど、こんな完璧ともいえる芸当をやってのけられるのは、やはりバンクシー以外にいないーー超一級のカリスマ性と先見性のなせる技だったのだろうと、考えざるを得なくなる。
そして、ミスター・ブレインウォッシュの誕生
映画の後半には、ティエリーがバンクシーの要請により、「ミスター・ブレインウォッシュ(MBW)」という名でアーティスト活動をスタートさせるまでの経緯とそれ以降の展開が描かれている。

画像引用:https://www.fashion-press.net/
愛してやまないビデオカメラとの出会いをきっかけに映像作家となり、体当たりの撮影生活を送りながらも「バンクシーと出会う」という大幸運を掴んだことから、果てはアーティストへの道さえも切り開いたティエリー。
バンクシーの言葉を真に受けて突き進むピュアさや無計画の破茶滅茶ぶりには相変わらずハラハラさせられるが、その分、天性の愛嬌と情熱という武器で、不思議とまわりを巻き込んでしまうのが、ティエリーの最大の魅力だろう。
アーティストへの道は予想通りそう簡単なものではなかったが、思いをカタチにしていくまでの猪突猛進ぶりには目を見張るものがある。ぜひ劇中でチェックしていただきたい。
なおこのラストシーンは、バンクシーが大切な朋友に宛てた感謝状と見てとれなくもない。
そんなふうに感じさせてくれるような、あたたかい余韻が残る。
まとめ
本作にはバンクシー、そしてストリートアートの魅力がぎっしりと詰まっており、そういう意味で、見どころも上記にとどまらない。しかし最後に、重要なことを一つ付け加えておきたい。
この映画を見ることで「今、まさにストリートアートが生まれようとしている瞬間」を目撃できることは、この上ない喜びだということを。

ストリートアートは違法行為すれすれであるがゆえに、作品が生まれる瞬間の現場を目にすることは、通常であれば極めて困難である。その上、描いても描いても悲しいかな、「次の日には消されてしまうかもしれない」儚い運命にある。
だからこそ、ティエリーが何気なく撮影したビデオテープの膨大な記録が、非常に重要な意味を持つのである。ひょっとしたら時代は、ティエリーのような熱狂的記録者の登場を必要としていたのかもしれない。
本作はバンクシーのカリスマ的な活躍の舞台裏に、こうした人物が存在していることを暗に告げる意味でも重要である。
【映画情報】
バンクシー監督作品『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
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文:小池タカエ