
複製画「ヘッキングのモナ・リザ」が高額落札!複製画が高く評価される背景とは?
レオナルド・ダビンチの《モナ・リザ》の複製画が、6月11日〜18日にクリスティーズのオンラインセールに出品され、予想落札価格の上値である30万ユーロ(約4000万円)のおよそ10倍となる、290万ユーロ(約3億8000万円)で落札された。
この作品は、1950年代にフランス・ニース地方の骨董屋で購入したコレクターのレイモンド・ヘッキングが所有していたため、通称「ヘッキングのモナ・リザ」と呼ばれている。《モナ・リザ》が制作されてから約100年後の17世紀初頭に制作されたものとされ、作者は不明。
同作は複製画として記録的な高額落札になった。なぜ複製でありながら高値で取引きされたのか。そのドラマを紐解いていこう。
複製画に高額の値段が付く理由
今回の複製画が高額落札に至った経緯を読み解く上で、まず前提として押さえておくべきなのは、入札者が《モナ・リザ》を求めたのではなく、「モナ・リザの複製画」を求めたという点だ。真作である名画の価値と、複製画に付けられる価値は、全く別軸で語られなければならない。
私たちは「本物」か「ニセモノ」かという点のみで、アートの価値を判断しがちだ。たしかにアート作品は取引きされる際、プロの鑑定家が判断し、ときには科学的な検証が行われ、真作であるというお墨付きを得て、初めて取引きの場に登場する。
これまでダ・ヴィンチをはじめ、多くの巨匠たちの名画の贋作が世に出回り、偽物に多額の出資をした被害の逸話が多くあるため、芸術作品の「本物ではないもの」にネガティブなイメージを抱きやすい。だが、単純な二項対立でアートの価値を測るのが難しいケースも存在する。
実際、複製画を所蔵している公立の美術館も少なくない。ダ・ヴィンチの時代であれば、名の知られた画家の作品が欲しいが、高価でとても手が出せないため、別の画家に依頼して描かせた作品が後世に残るケースもある。その際に作者本人に許可を得て作成したものでなくても、画家が複製を描くために行った研究の過程や、再現性に価値が認められれば、資料的価値の高い作品として評価されるのである。

画像引用:https://unsplash.com/
なぜ「ヘッキングのモナ・リザ」は高額で落札されたのか
ダ・ヴィンチの追随者による複製画は17世紀以降、数多く制作されていたことが分かっている。そのうちの1点は2019年のサザビーズのオークションで、最高予想落札価格12万ドルの14倍を超える約170万ドルで落札されている。
ではなぜ「ヘッキングのモナ・リザ」には、約3億8000万円という高値がついたのか。
ことの発端は、1911年にルーヴル美術館の《モナ・リザ》が盗まれた事件に遡る。その2年後には犯行に及んだ人物が判明し、作品は美術館に戻った。が、戻った《モナ・リザ》がすり替えられている可能性もあるとして、ヘッキングは自分が所有する作品こそ、本物であると主張した。しかし、当時鑑定に関わった専門家たちは軒並み、彼の「モナ・リザ」が本物ではないと指摘している。
仮にヘッキングの主張通り、彼の「モナ・リザ」が真作だった状況を想像してみよう。専門家の見解が覆ったとしても、ルーヴル美術館の《モナ・リザ》の価値がゼロになるわけではないだろう。もし複製画や贋作だったとしても、数世紀の間、人々が信じて、世界有数の美術館で鑑賞されてきた作品の物語には価値があり、求めるコレクターは多く、価格が高騰する可能性が高いのではないだろうか。
「ヘッキングのモナ・リザ」も、作品が持つ物語に価値づけされた側面が強い。
彼は作品の真正性について影響力のある業界人から擁護を得られるように、1960年代にアメリカ・ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーやメトロポリタン美術館に作品を貸し出している。2011年、2012年には作品が来日しており、Bunkamura ザ・ミュージアムや静岡市美術館、福岡市美術館で展示された。美術館に展示してアートを広めた点で、この作品はアート界に貢献していると言える。
複製と贋作の違いとは
「ヘッキングのモナ・リザ」が高額落札された背景を読み解く補助線として、複製と贋作の違いも確認しておこう。
現在では基本的に、複製画は土産物などとして販売されていることが多い。当然、本物のコピーであることを明示した上で、美術館のミュージアムショップに並んでいたりする。複製画を専門に手がける業者もいて、比較的に入手は容易である。言ってしまえば、複製画であることを説明した上で、世の中に出す分には何ら問題はない。
一方で、真作ではない作品が悪意のある業者によって、本物であるかのように美術市場に出され売買されれば、「贋作」という犯罪になる。複製と贋作の違いは、悪意の有無だ。
本物を模倣して描いた作品全てが悪ではない。画家自身が、注文したパトロンに渡す前に、自分の手元にも残そうと描いたレプリカや、名画と周知されている作品が複数制作されていたケース、画家自身が習作として描いたものがある。
またこの時代には、画家の弟子が技能の習得を目的に、師匠の作品を模写したものなどが後世に残っているケースもある。
《モナ・リザ》にも、ダ・ヴィンチ本人が描いたとされる「アイルワースのモナ・リザ」や、弟子による複製画で、プラド美術館に収蔵されている「プラドのモナ・リザ」などがある。これらの複製画は、(悪意のある)贋作とはならないのである。

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芸術のあり方が変わった転換期に見られる、複製画が生まれる背景の違い
教会やメディチ家のようなパトロンから依頼を受けて作品を制作していた15〜16世紀のイタリア・ルネサンス期には、多くの画家が、工房で弟子たちと分担して1枚の作品を描く工房制を取っていた。職人的共同体による創作が行われていたこの時代、画家に求められたものは独創性ではなく、美しい絵画を描く普遍的な技術だった。
対して、印象派のように表現の運動が起こっていた近代絵画の時代には、画家の独自性が評価され、個人で制作を行っている。個人の表現が重視される時代と、パトロンの依頼に応える技術者として制作する時代とでは、複製画が生まれる背景が異なる。
工房制を取っていた時代の作品には、制作を依頼したパトロンの地位や報酬の高さなどに応じて、画家本人が手を入れる割合を変えていた。弟子が描き、画家は監修を意味するサインのみを入れている場合もある。当時そのサインは、どの工房で買ったものかを示すものでもあった。そのため後世に行われた鑑定で、サインは本物だが、描いたのは画家本人ではないと判明した作品も少なくない。
工房で制作されていた時代の作品は、真作か否かの境界が非常に曖昧な作品もあるのだ。
アートの価値は単一の価値基準だけでは測れない
こうした、アート独特の価値のあり方は、現代にも脈々と受け継がれている。
2019年12月、アメリカ・フロリダ州のマイアミで行われた「アート・バーゼルショー」に、イタリア人アーティストのマウリツィオ・カテランによるバナナを壁に貼っただけの作品《コメディアン》が出品され、約1300万円(12万ドル)で売約された。
技術の修練に勤しんでいた中世の画家たちには、考えられない事態だろう。しかし、「ヘッキングのモナ・リザ」高額落札も、そんなアートならではの価値基準を象徴するような事例だ。
今回の複製画の高額落札は、アートの価値を考える上での一つの指標になり得る。こうした背景を知った上で作品を鑑賞すれば、一般社会では見られない価値創造がなされた場面に対峙していると、より強く実感できるはずだ。

the Hekking “Mona Lisa”, PHOTO BY LUCIEN LIBERT 画像引用:hhttps://nationalpost.com/
※参考記事:
クリスティーズ:https://www.christies.com/features/The-curious-case-of-the-Hekking-Mona-Lisa-11702-1.aspx?sc_lang=en&lid=1
美術手帖:https://bijutsutecho.com/magazine/news/market/24136
『真贋のはざま-デュシャンから遺伝子まで』(東京大学総合研究博物館)/ 西野嘉章(編)
『贋作者列伝』(青土社)/ 種村季弘(著)
『フェイクビジネス-贋作者・商人・専門家』(小学館文庫)/ ゼップ・シェラー(著), 関楠生(翻訳)
『迷宮の美術史 名画贋作』/(青春出版社)/ 岡部昌幸(監修)
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