
神出鬼没のアーティストの世界観に没入できる!「バンクシーって誰?展」をレポート
ゲリラ的な表現活動で世界中を飛び回り、ストリートに作品を残せばすぐに熱狂的なフォロワーたちのあいだで瞬く間に話題になる、超カリスマ覆面アーティスト・バンクシー。そんなバンクシーの正体に迫る展覧会、「バンクシーって誰?展」(会期:2021年8月21日〜12月5日)が、天王洲の寺田倉庫G1ビルで開幕した。(TOP画像ⒸNTV)

本展は、世界中に分散しているバンクシーのストリート・アート、14点を選りすぐり、「まるで映画のセットのよう」にリアルに再現している点でも注目を集めている。
それでは早速、本展の中から見どころポイントをピックアップしてご紹介する。
“今”の社会を反映した最新作が登場!
会場入り口付近で出迎えてくれるのは、バンクシーが昨年12月に発表した新作《Aachoo!!》(=日本語では、ハクションの意味)を再現した作品。バンクシーの故郷と言われている、イギリス・ブリストルに現れた本作は、スカーフをかぶったおばあさんが勢いよくくしゃみをしている様子が描かれたもの。さらによく目を凝らして見ると、彼女の口からは入れ歯も飛び出しているのがわかるだろう。

遊び心に溢れた作品だが、ちょうどコロナ禍に描かれたことから、マスクをつけずに飛沫やウイルスを拡散することへの警鐘とも考えられている。
なお、こちらと関連する作品としては《Girl with a Pierced Eardrum》も必見だ。フェルメールの名作《Girl with a Pearl Earring》の耳飾りを黄色い警報機で代表した作品は、元々2014年にブリストルのレコーディング・スタジオの壁面に描かれたもの。
しかしその後、2020年の4月22日には、医療用マスクが付け加えられているのが見つかったという。

さらにその数日後には、イギリス南部の病院に、バンクシーから作品が贈られたことが話題になった。
「あなたたちの尽力に感謝します。少しでも現場が明るくなることを願って」
という手書きのメッセージを添えて。
この一連の出来事は「少女にマスクをかけたのはバンクシーか?もしくは全く別の人間か?」と、物議を醸すものとなった。
バンクシーを撮影した写真家、ジェームズ・パフの作品も
バンクシーは決して正体を明かさないアーティストとして有名であるが、それは彼が信頼し心を許している一部の人間においては、例外である。バンクシー本人と作品の制作風景を撮影してきた写真家、James Paff(ジェームズ・パフ)もその一人で、2003年から2006年にかけて、多くの写真を残してきた。

バンクシーが2005年に出版した公式作品集『Wall and Piece』には、パフが撮影したバンクシーの貴重なポートレートが2枚掲載、その内の1枚(cat.53)は、2007年にロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーに所蔵された。
バンクシーの作品に頻繁に登場するモンキー。なお、チンパンジーのマスクは初期のバンクシーのアイコンとしても使われている。映画『Exit Through The Gift Shop』にも登場するので、ぜひチェックしてみたい。
SNS戦略でも話題に!足跡を追わせた、NY滞在中のプロジェクト
こちらは、NYに滞在中のバンクシーが毎日一つ、街角に描いた作品を自身の公式インスタグラムに投稿し始めた様子をマッピングして、どこに作品が出現したのか、ビジュアル化したもの。神出鬼没のアーティストがNYにいるとあれば、ファンは放っておかない。最初の作品が発見されて以来、多くの人々がSNSを駆使して新作探しに熱狂したという。

バンクシーの公式インスタグラムといえば、直近のニュースでは新作がイギリスで9点出現したことでも話題になった。
その点、ストリート・アートは「即時性の発信」ができるメディアとの相性は抜群だろう。
インスタグラムは、すぐにでも消されてしまう運命にある作品をいち早く発信できるメディアとして、バンクシー自身も格好の場と捉えたに違いない。昨今SNSを戦略的に使った発信で注目を集めているアート業界においても、やはりバンクシーは最先端をいっている。現代のデジタルテクノロジーをうまく乗りこなしながら、最新の情報を拡散させることによってリアルタイムの情報を世界中に届けているのだ。
本物さながらの“巨大な象”が出現!圧巻のセットはリアリティ満載
「映画のセットのような美術展」と題した本展の中でもとくに興味を掻き立てられるのは、2006年にアメリカ・ロサンゼルスで初開催された展覧会「Barely Legal(かろうじて合法)」でメディアを賑わせた「巨大な象」を、本物さながらの原寸大に再現したセットだろう。

ちなみに英語で「Elephant in the room(部屋に象がいる)」とは、「明白な問題について、誰も触れようとしない」という意味を持つ。
バンクシーはこの展覧会を通じて、世界で今起きている問題に目を向けてみる機会を提示しようとしたに違いない。バンクシーの皮肉めいたメッセージを「部屋にいる象」にたとえて表現したのだろう。「Barely Legal」は連日長蛇の列ができるほどの大盛況を記録した。
なお、この部屋の中に展示されている作品の一つ《Congestion Charge》は、本展で見られる唯一のバンクシーの油彩画も必見!こちらはイギリスのファッション・デザイナーで自らも大のバンクシーファンと公言する、ポール・スミス氏が所有する秘蔵作品である。

コンジェスチョン・チャージとは、ロンドン市内で導入されている「渋滞税」のこと。この対象となる区域を表す「C」の標識は、既存の作品に書き足すことで、意味を変えてしまう手法はバンクシーが得意とするトーナメント(転用)の手法を使ったシリーズの一つである。
また巨大な象のセットのすぐそばには、ANDARTでもお取り扱いのスタートする作品《HMV》をはじめ、バンクシーと音楽とのつながりの濃さを感じさせるような作品が紹介されている。
バンクシーの生誕地、ブリストルと言えば、ストリート・アートが有名であることはもちろん「トリップ・ホップ」というジャンルを生み出した、ブリストル・サウンドの聖地でもある。
そうした環境で生まれ育ったバンクシーが音楽から影響を受けていたとしても、なんの不思議もないだろう。事実、イギリスの名門ロックバンド・Blur(ブラー)を筆頭にバンクシー作品をジャケットに起用したアルバムは、なんと70を超える。

さらにブリストルと言えば、重鎮「マッシヴ・アタック」を輩出した街としても知られているが、メンバーの一人、3D(ロバート・デル・ナジャ)が、実はバンクシーなのではないか?という噂まで飛び交っている。
真偽のほどは定かではないが、こうした幾つもの噂がバンクシーをさらに謎めいた存在に仕立て上げていることだけは、間違いない事実であろう。
ラストは、平和と愛への祈りを込めた作品を大公開!
展覧会後半では、2005年頃にパレスチナ・ベツレヘムに描かれたバンクシーの代表作《Flower Thrower》も目にすることもできる。

パレスチナといえば、長年にわたってバンクシーが関心を寄せてきた紛争地帯。襲撃される危険を冒してでも描かずにいられなかった本作には、バンクシーの平和への願いが込められているのだろう。抗議者の手には武器の手榴弾の代わりに、平和を象徴する「花束」が置き換えられている。
また、この《Flower Thrower》のすぐ近くには、「The Walled Off Hotel(壁で分断されたホテル)」の一部を再現したセットがある。

「世界一眺めの悪いホテル」とも呼ばれているこのホテルは、バンクシーが世間の目を少しでもパレスチナ問題に向けさせたかった意図もあったのだろう。イスラエル政府が築いた高さ8m、全長700kmにも及ぶ分離壁の前、そんなギリギリの場所に「敢えて」建っている。
イギリス人の誰もが愛する国民的名画を、リアルに体感できる
展覧会のラストでは、アーティスト・バンクシーを表す代名詞であり多くの人々に愛されている《Girl With Balloon》を目にすることができる。

本作は2002年にロンドンのウォータールー橋のたもとの階段に描かれたもので、当時、誰かの手によって「THERE IS ALWAYS HOPE(いつだって希望はある)」というメッセージが書き加えられた。愛や希望を表すとされている「赤いハートの風船」が描かれたこの作品は、イギリス人が選ぶアートの1位に選ばれた。
展覧会会期中は、会場グッズ売り場にてオリジナルグッズ販売のほか、近隣のカフェ・レストランでコラボメニューが展開される。
まとめ
1990年代にイギリス・ブリストルを舞台にストリート・アートを描き始めて以来、世界中のあらゆる場所に神出鬼没に登場し話題をさらっている、奇才バンクシー。移民や人権問題、消費社会への警鐘など社会問題に目を向けたテーマを扱いながらも、その作品からは同時に、平和や愛への希求が聞こえてくるようでもある。それこそ、バンクシーが世界中の人々を熱狂してやまない理由の一つであろう。

本展は、そんなバンクシーの主戦場となる「ストリート」がリアルに再現されるかたちで、まるで現地でストリート・アートを見ているような没入感を味わうことができるのが最大の魅力である。またこれらのセットに加えて、活動初期からの重要作品をアーカイブで見ることができるものも、またとない体験となるはずだ。
グラフィティ・アート界のカリスマゆえに、常に最新情報がアップデートされ続けているバンクシー。そんなアーティストの「今」を知る意味でも、本展に足を運んで貴重な作品群をぜひ体感してほしい。
展覧会情報
「バンクシーって誰?展」
展覧会 公式サイト:https://whoisbanksy.jp/
会場:寺田倉庫G1ビル(東京・天王洲)
会期:2021年8月21日(土)〜12月5日(日)
時間:11:00~20:00 (金・土・祝前日は21:00まで)
※最終入場は閉館時間の30分前まで
※土日祝日のみ、日時指定制
休館日: 10/5(火)、10/12(火)、10/19(火) 問い合わせ::050-5542-8600(ハローダイヤル)
※ 新型コロナウイルス感染防止に伴う政府・東京都の方針により、営業時間・会期は前後する可能性がございます。
ANDARTではオークション速報やアートニュースをメルマガでも配信中。無料で最新のアートニュースをキャッチアップできるのでぜひ登録を検討いただきたい。


文:小池タカエ