
ダミアン・ハーストが揺さぶる アートとお金の既成概念。NFTプロジェクト「The Currency」が問いかけるものとは?
NFTの売り上げは、2020年上半期の1,370万ドルから、2021年上半期は25億ドルまで急拡大し※1、ビットコインの価格が下落する中でもNFT市場は拡大を続けている※2。今年5月にANDARTが行った調査でも、回答者 (ANDARTユーザー) の5割弱がNFTアートについて認知し、NFTアートを知っていると回答したうちの約7割が購入を検討と回答するなど、NFTへの関心の高さが伺える※3。
そんな過熱するNFT市場に対し、イギリス人アーティスト、ダミアン・ハーストが一石を投じるようなNFT作品をリリースした。「The Currency」(通貨)と名付けられた作品は、このブームに何を問いかけるのだろうか?

▍ダミアン・ハーストのつくる「The Currency」(通貨) とは?
ダミアン・ハーストの最新プロジェクト「The Currency」は、カラフルなドットで覆われた1万枚の手描きのA4サイズの作品。それぞれのシートには、紙幣のようにホログラムイメージ、サイン、マイクロドット、そしてシリアルナンバーの代わりに小さな個別メッセージが施され、偽造を防止している。※4
それぞれ手作業で作られているものの、すべてが同じサイズで同じ素材、似通ったデザインになっており、ある作品が他の作品よりも優れているということはない。つまり、1万点の作品はすべて、それ自体が「貨幣」のように平等なのだ。

しかしながら、購入者は必ずしもこの物理的な作品を入手するわけではない。
2,000ドルでこのNFT作品を購入した1年後、作品の所有者は「NFTを物理的な作品と交換してNFTを破棄する」のか、「NFTを保持して物理的な作品を破棄する」のかを選択しなければならない。「物理的な作品」を所有するのか「デジタルの作品」を所有するのか、コレクター自身が判断を迫られるのだ。
▍NFTにおいて 「物理的作品」と「デジタル作品」の間に生じる軋轢
「NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)」は、容易に複製可能なデジタルアートに対し、唯一性を付与することができる。
一方で、NFT熱の高まりのなか、物理的な作品をデジタルのNFT作品化する試みもなされている。「Burnt Banksy(焼かれたバンクシー)」というグループは、バンクシーがアート市場を批判的に描いた作品「Morons」をNFTのデジタルアートとして販売し、その唯一性を担保するため、元の紙の作品を燃やすというパフォーマンスを行った。※5 また国内でも、絵画100点をNFT化後に爆破焼却するイベントを学生が企画し、議論を呼んだことも記憶に新しい。※6
▍「これは芸術がお金を堕落させる試み。」
ダミアン・ハーストが揺さぶる、アートとお金の既成概念
本作品でダミアン・ハーストは2つの事象の境界を揺るがしているようだ。
①「物理的作品」と「デジタル作品」の境界
ハーストは、彼の作品に興味を持つコミュニティには、従来の物理的な作品に価値を見出す人と、NFT作品に価値を見出す人の2つがあることを認識している。美術愛好家のコミュニティにとっては、物理的作品よりもそれをデジタル化した作品を好む事は理解しがたいことであるが、NFTのコミュニティでは全く違った文脈で作品が流通する。これは、「価値」が、その価値を与えている「文化」的なコミュニティから切り離されると、決して意味をなさないことを示しているといえる。※7
それぞれのコミュニティは、他のコミュニティにとって理解しがたいものであり、しかし広い目で見ると、最終的には両者はハーストのファンとして結ばれ、ハーストはその境界を曖昧にしようとしている。

②通貨の「代替性」と「非代替性」の境界
また、NFTはその名前のとおり「Non-Fungible(非代替性)」であることを特徴としているが、今回の1万点の作品はすべて、それ自体が「貨幣」のように平等であり、NFTでありながら互換性があると捉えられ、NFTそのものの意味も揺るがしているかのようだ。
一方、本来Fungible(代替性がある)な通常の「円」や「ドル」のような通貨であっても、ハーストの作品と同様に、シリアルナンバー等が施され、それらにも「Non-Fungible」な側面があることも浮き上がらせている。この作品は、お金の本質的な性質のひとつである「交換手段」に疑問を投げかけることで、「お金とは何か」という感覚をさらに揺さぶっている。

2,000 USD
で販売される。 画像引用:https://theconversation.com/ハーストのアドバイザーであり、このプロジェクトの立ち上げに協力したジョー・ヘイジは、この作品は、単にアーティストが既存の作品にNFTを適用しただけではないことを強調している。ハーストが考えたのは、理論的にはそれ自体が通貨として機能するアート作品群であり、本作品はプロジェクト自体がコンセプチュアルな芸術作品だ。「お金が芸術を堕落させるとよく言われますが、これは芸術がお金を堕落させる試みなのです」とヘイジは述べている。※8
▍「デジタルアートは、おそらくギャラリーよりもずっと長く続くと思う。」
ダミアン・ハースト自身は、NFTをどう捉えているのか?
では、ダミアン・ハースト自身は、NFTのことをどう捉えているのだろうか?
ニュース専門放送局CNBCの取材にダミアンハーストが答えている。彼自身は、NFTを否定的に見ている訳ではなく、「デジタルアートは、おそらくギャラリーよりもずっと長く続くと思う。」「私は、見た目が良くて、感じが良くて、気分を良くしてくれるものは、すべて良いアートだと思っている。ギャラリーに展示する必要はない。」と述べている。※9

また、デジタルアートと物理的なアートは「どちらもアートであり、どちらも平等である。物理的なアートを破壊しても、NFTを破壊しても構わないという考えを、まず受け入れなければならなかった。」とハーストは語る。
本NFT作品の購入はすでに締め切られている。1年後、これら1万点の作品はどのような形態で存在するのだろうか。その結果によって、作品購入者の嗜好や興味、そして、価値観が浮き上がってくるのかもしれない。ダミアン・ハーストのNFTプロジェクトは、コンセプチュアルアートであり、実験的な長期プロジェクトのようだ。
※ 2021.7.31追記:本プロジェクトのNFTは、7月29日よりセカンダリー取引が始まった。
7月31日0:00現在、すでに100件以上のセカンダリー取引がなされ、プライマリーの販売価格であった2,000USDに対し、4倍前後の平均価格での売買が成立している。また、各作品は似通って作られたものの、取引された作品の中の価格でも、最大で4倍以上の価格差が出ている。この価格差は何によるものなのか、引き続き動向を注視したい。
※ 2021.8.16追記:セカンダリー取引に大きな動きが見られた。
セカンダリー取引開始から約2週間、8月15日に本作品の価格は急激な上昇を見せた。プライマリー価格が約22万円(2,000USD)であったのに対し、これまで平均100万-120万円程度で取引が続けられていたが、8月15日にはその取引額が3倍近く上昇。8月16日現在、平均取引価格は約380万円、最大で約520万円での取引がなされている。
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参考:
※1 NFT sales volume surges to $2.5 bln in 2021 first half (ロイター)
※3 株式会社ANDART、アートへの興味や購入経験に関する調査結果を発表。NFTアート認知者の約7割がNFTアートの購入に前向き。(PR Times)
※5 Banksy art burned, destroyed and sold as token in ‘money-making stunt'(BBC News)
※6 クリプトアートジャパン、NFT化後に絵画100点を爆破焼却する「燃えるアート展」を開催 (PR Times)
※8 Damien Hirst Has Created 10,000 Artworks That Can Be NFTs, If You Want (Bloomberg)
※9 NFTs may outlast physical art galleries, says famed British artist Damien Hirst (CNBC)
文:ぷらいまり。