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アート鑑賞

アートが地域資源の外需獲得を喚起する 「KINAN ART WEEK 2021」レポート

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和歌山県田辺市・白浜町で11月18~28日に開催された、初のアートプロジェクト「KINAN ART WEEK 2021」は、2010年代に隆盛した地域芸術祭とは異なる、ニューノーマルの観光を予見する取組みだ。イベントの新しい収支モデルを提示し、町の経済資本を変革しようと試みる本プロジェクトは、どのようなものなのか。経済の観点から迫った。

南方熊楠と高山寺のリサーチを踏まえ制作された前田耕平《Breathing》(2021年)

映像作品のコレクションを中心に構成した、コンパクトな芸術祭運営

「KINAN ART WEEK 2021」では、アジア圏と日本の作家を中心に15名のアーティストが展示されている。世界的に活躍し映画監督としても活動しているアピチャッポン・ウィーラセタクンを筆頭に、世界を代表する国際芸術祭「ドクメンタ15」で芸術監督を務めるアデ・ダルマワン、歴史を題材に演劇的な表現をするホー・ツーニェン、バイオ・アーティストの長谷川愛、郷土の博物学者・南方熊楠を題材にした田辺市出身の前田耕平など、幅広い作風の作家が名を連ねる。

白浜の玄関口ともいえる南紀白浜空港で、五線譜からの逸脱によって欧米至上主義に警鐘を鳴らす、一柳慧《ピアノ音楽第2》(1959年)


総合プロデューサー薮本雄登は、和歌山県白浜町で生まれ育ったのち、2011年にカンボジアで法律事務所を創業。ラオス・ミャンマー・タイ等と世界22カ国に事業を拡大させながら、各地のアーティストを支援し、多くの作品をコレクションしている経営者だ。いっぽう主に展示作品のセレクションを行ったアーティスティック・ディレクターの宮津大輔は、一般企業に務めながら400点以上の作品をコレクション。現在は横浜美術大学学長、森美術館理事などを務める。多くの芸術祭はキュレーターやアーティストが全体ディレクションを行うが、企業経営者やコレクターがそれを務める本イベントは極めて異例だ。だが、国際的な広い視野とアート業界に染まりきらないフラットな視点が、いま地域芸術祭の新しいモデルを提示しようと模索している。

一般的な芸術祭では、作家の多くがコミッション(主催が作家に制作費を支払い、作品制作を依頼する)形式で参加し、主催はその費用をまかなうために自治体や国の助成を受ける。収支を黒字化すべく観光客の集客やグッズ展開などの収益化が求められるため、新型コロナウイルス感染が拡大する前は、参加作家に比例して芸術祭の運営負担も肥大化していき、疲弊を見せる者も少なくなかった。

だが「KINAN ART WEEK」は、ほとんどの展示作品を宮津のコレクションである映像作品で行い、コミッションの制作費や運搬費、作品の保険料などの諸経費を圧縮することで、公的な助成や収益化に依存しない収支モデルとした。また、出身地である薮本のネットワークを最大限に活用し、地元企業の多くの協賛や、地域住民の協力を得ることにも成功している。

長谷川愛の映像作品《私はイルカを産みたい(I wanna deliver a dolphin…)》(2011~13年)。イルカショーが人気のアドベンチャーワールドで展示された

アートが一次産業の価値を向上させるきっかけを与え、地域の資本力を高める

人類学への関心が高く、フィールドワークを得意とする薮本は、林業、地方銀行、ファッション、食、みかん、レタス(!)……と地域の様々な産業の、精力的な調査と対談を企画した(その数は40に及ぶ)。アジア圏で欧米企業が大規模開発し町の姿を変えたのを見てきた薮本は、地元に対する危機感をこのように語る。

「田辺エリアは城下町のため文化度が高いが、そのいっぽう内需でほぼ完結している。だが高齢化が進み人口が先細りしていくなかで、また観光業もかつてほど期待できないニューノーマル下においては、全世界の外需を獲得することでしか、地域の維持や活性は期待しにくいです。いっぽうで私が見てきたアジアのアーティストは、地域の歴史や神話等のルーツを深堀りした作品を発表し、それが欧米のアートイベントやコレクターに注目されている──つまり外需を獲得し、それを地域に循環させる仕組みで成り立っています。田辺や白浜にも、熊野古道や南方熊楠を筆頭に豊かな歴史や神話が眠っています。地域が持つ産業に歴史や神話を踏まえ、価値を再整理し、海外に対して絶対的な価値を持つことができるのではないでしょうか。

私はいま、地域の一次産業であるみかんを、アートのようなものとして捉えられないか、と考えています。みかんが作品として1つ数十万円で売れるようになれば、地域経済は外需を獲得し、それを循環させる仕組みが構築できれば、地域は維持できると思います。地域に籠もってフィールドワークを重ね、それを世界に発信し、価値に変えていく。『KINAN ART WEEK』のメインコピー『籠もる牟婁 ひらく紀南』では、ローカリゼーションとグローバリゼーションの両立がいま求められていることを示唆しています」。

マルセル・デュシャンがただの便器を、アンディ・ウォーホルが安価なトマト缶を高額なアート作品に変容させ、資本主義に挑戦状を叩きつけてきたアートの歴史。ここ南紀白浜でも、アートイベントを通して地域経済を活性しようとするモデルが模索されている。東京や大阪といった国際都市で働くビジネスマンや、海外取引の盛んなグローバル企業は、その取組みから何を学ぶだろうか。

「KINAN ART WEEK 2011」総合プロデューサーの薮本雄登

イベント概要

KINAN ART WEEK 2021
期間:2021年11月18日~28日
会場:和歌山県田辺市・白浜町周辺
入場料:無料
URL:https://kinan-art.jp

文・写真:田尾圭一郎