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【公開制作】『種を食べた美術館』淺井裕介インタビュー。「日常が変化し、表現が変わった」

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府中市美術館で7月24日から、淺井裕介の公開制作『種を食べた美術館』が行われている。マスキングテープや土、道路用白線といった身近な素材を使い、奔放にさまざまな場所で詩情豊かな作品を制作する淺井。今回取り組むのは、立体作品を含むインスタレーションだ。平面作品でも描かれてきた幻想的な生き物たちが、公開制作室にその実体を表す。

中心にある四つ足の動物から芽が生え、木々が茂り、小さな生き物が集まってくる様子を空間に創造していくという公開制作の初期に、淺井にインタビューを行った。取材日(7月30日)に撮影した、制作の様子を追った写真と共にお届けする。

気配を感じるインスタレーション

立体にはそこに在るという力強さがある。淺井の過去の大型の壁画作品でも、空間と調和しながら異化した作品空間へ入っていく素晴らしい鑑賞体験ができたが、あの幻想的な動物の形がこの場に現出していることには感動を覚える。

府中市美術館『公開制作82 淺井裕介 種を食べた美術館』制作風景

今回の制作は、インスタレーションの中心となる動物の立体作品の支持体づくりから始まった。合板とスタイロフォーム(断熱材)をビスや接着剤で組んでいる。取材時には、カッターでスタイロフォームの形を整えながら、白い下地材(ジェッソ)やパテを塗っている状況だった。彩色には、土とアクリル系の絵の具を使う予定だという。

また、制作中に録音した音を使うことも予定されている。聴覚にも訴えるインスタレーションを手がける背景には、コロナ禍で頻繁に開催されていたオンライン展覧会の存在があるという。

「最近、ネット上で作品を見るオンラインエキシビジョンが増えましたが、どこかまだつまらないと思っていて。それがなぜかを考えるとそこには他に歩いている人がいないし、自分と作品との間にノイズというか障害がないことに一つの問題があるのではないかと考えました。まず気配がない。だからその一つの実験として僕がいなくなった後にも足音や筆さばきの音を残していくことはいいのかなと思いました」

府中市美術館『公開制作82 淺井裕介 種を食べた美術館』制作風景

立体は大変。しかしその困難さから刺激を受けている

今年から高校のときに部活動としてやっていた陶芸を再開し、いわゆる平面の四角形から外れた作品の探究を行なっている。これまでにも、立体作品は制作している。たとえば彫刻の森美術館での個展「淺井裕介 – 絵の種 土の旅」(2015)では、巨大な造形作品を手がけていた。このときは「彫刻が映えるように設計されている美術館で、ペインターの自分がどう制作するかを考え、空間に作品を立ち上げた」という。支持体は抽象的な形に切り抜かれていた。

淺井が本格的に陶を使った立体作品を制作し、自由に形を模索するようになったのは、今年からのことだ。

「去年は(新型コロナ感染拡大で)参加する展覧会が中止や延期になり、自宅にいる時間が増えました。キャンバスや紙の四角い(支持体の)形にこだわらない作品を作るようになりました。生活が変わったことで、高校の頃にやっていた陶芸も再開しました」

現在、公開制作と同時期に同じく開催している、府中のコワーキング&カフェ「LIGHT UP LOBBY」の個展『野生の灯火』(会期は7月27日〜9月18日)では、小さな陶芸作品の他、「ピュシス」(ギリシャ語でありのままの自然のこと)と題された動物の形に切り抜いた板に彩色した作品を展示している。

「コロナによって世界中の人に共通の時間ができて、多くの表現者たちはある種の実験的なことを始められるようになりました。友達の音楽家も仕事が減って困っているけど、じっくりとものづくりができている。そろそろ、いろんな新しい表現が生まれてくる時期だと思っています。

僕は生命というものは植物であれ人であれ、たとえどんなに意思が強くても、大なり小なり環境に左右されるものだと思っています。なので自分たちがどんな環境に生きるのか、あるいはどんな環境を目指していくのかを考えることは本当に重要だと思います。なので日常が変化したらその出し方も自然に変わっていく。ただ立体作品はやることが多くて」

立体は平面と比べて手間がかかる。だが「自分のやり方をつくっていくことが面白い」と淺井は言う。

「僕にとって制作を続けていくためには、新鮮さが大切です。ある意味、困難さが面白さにつながっています」

府中市美術館『公開制作82 淺井裕介 種を食べた美術館』制作風景

アートを日常化する

2021年3月に開催した東京・仙川のギャラリー「ツォモリリ文庫」の個展で展示した《星屑の子供》には、陶の立体作品で花が生けた作品があった。筆者が「あの作品は彫刻ですか、花器ですか」と尋ねると、淺井は「どちらでも(笑)」と答えた。

「道の途中に咲いていた花を摘んで飾ると、日常が楽しくなります。アートにも非日常的な面と、そうではない面がある。非日常的な神事や祭りを見たり、旅行に行って感動するのは当前といえば当然で。でも一番面白いものは、日常の変化に気づくことにあったりするのだと思っています。何かをわざわざ学びに行かなくても、偶然見たものを吸収して影響を受けていますし」

「自分にとって制作は日常的なこと」と語る淺井にふと、部屋に花を飾るように、暮らしにアートを飾ることは日常なのか非日常なのかを尋ねてみた。

「どう日常化していくかということだと思います。多くの昔の有名な肖像画も美術館の壁に飾られ、大勢に見られるために描かれたわけでなく、もしかしたら貴族の邸宅の食堂なんかにかけられるはずだったんでしょう。屏風絵も畳の上で蝋燭で観た方が美しい。絵画も日常にある。

(作家だから)アートを買ってほしいし、部屋に飾られる方がありがたいですけど。でもまぁ、僕は花の方でもいいと思います。美術を見に行く暮らしでも、美術と共に暮らすのでも。その辺で摘んできたものと人の作り出すものの両方を大切にできるといいですね。日常が楽しくなります」

府中市美術館『公開制作82 淺井裕介 種を食べた美術館』/《星屑の子供》(2021)

何をつくるのか場所に考えてもらう

国内外のアートプロジェクトや展覧会に多数参加し、多産な作家でもある。が、世界的なパンデミックで日常が変容したことで、あらためて「自分は環境によってつくるものが変わるんだと思った」という。

「僕がつくりたいものをつくっているのか、空間や環境に『つくりなさい』と言われてつくっているのか分からなくなります。偶然(的に生み出されているもの)がすごく多い。だから場所に考えてもらっています。

これは言葉みたいなもので、場所が持つ言葉を自分の言葉を翻訳している感じです。もともとその場所にあったものと、素材の声を聞いて整えていく。自分がアウトプットする感じじゃない。だから一生懸命取り組むんですけど、それほど疲れないんです。充電期間を必要としないのは僕の強みですね。

あと、自分は東京出身で都内に住んでいます。府中がホームタウンだからできることもあって、別の県なら実験的なことはしなかったのかもしれません」

府中の土も彩色に使われる今回のインスタレーション。見学に来た来館者も、「種を食べた美術館」の腹の中で、制作環境の一部となり干渉し合いながら、作品も増殖を続けるのだろう。公開制作は11月28日まで(日程詳細は要確認)。

府中市美術館『公開制作82 淺井裕介 種を食べた美術館』制作風景

公開制作概要

『公開制作82 淺井裕介 種を食べた美術館』

会期:2021年7月24日(土)~11月28日(日)
会場:府中市美術館 1階 公開制作室(観覧無料)
制作公開日:
7月24日(土)・25日(日)・30日(金)・31日(土)、8月1日(日)、10月2日(土)・3日(日)・5日(火)・6日(水)、11月5日(金)
公開時間:12:00~17:00
YouTubeライブ配信予定(13:00~16:00)
https://www.youtube.com/channel/UCS7cUMwuysQ-uu4FkZ1ga4A
※ 制作過程は公開日以外の日も、府中市美術館開館日に公開制作室前から鑑賞できる
休館日:
月曜(8月9日・9月20日をのぞく)、9月6日(月)~17日(金)、8月10日(火)、9月21日(火)
主催:府中市美術館
協賛:ターナー色彩株式会社 協力:ANOMALY
特設URL:https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/koukaiseisaku/kokaikaisai/asaiyusuke.html

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取材・文:石水典子