
ダミアン・ハーストの最新展示を紹介。メガギャラリーから会員制クラブまで
生と死の複雑な関係を探求し、イギリスのアートシーンに貢献してきたアーティスト、ダミアン・ハースト(1965年〜)。ホルマリン漬けの動物やダイヤモンドで装飾した頭蓋骨など、ショッキングな作品を数々発表してきた。さらに、自分自身で作品をオークションにかけたり、NFTと物理的な作品の二者択一を迫るプロジェクトを展開したりと、何かと話題に事欠かない。
そんなハーストは、世界各地のギャラリーや美術館から引っ張りだこ。本記事では、2021年秋開催の3つの展覧会を紹介する。“イギリスで最も稼ぐアーティスト”は、今どのような作品を発表しているのだろうか?
❚ ガゴシアン・ギャラリー(ロンドン)「Emergency Paintings, Danger Paintings, Hazard Pictures and Seizures(エマージェンシー・ペインティング、デンジャー・ペインティング、ハザード・ピクチャー、押収物)」
2021年10月5日から、ロンドンのガゴシアン・ギャラリーでハーストの個展を開催中。同ギャラリーでは今年集中的にハーストの個展を連続開催しており、今回が第3弾となる。4月12日から5月24日には第1弾「Fact Paintings and Fact Sculptures(ファクト・ペインティングとファクト・スカルプチャー)」、6月5日から9月11日には第2弾「Relics and Fly Paintings(遺物とフライ・ペインティング)」が開催された。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Prudence Cuming Associates
第1弾では、キャンヴァスに油彩でカラー写真をそっくり写し取った「Fact Paintings」と、自動販売機やパレットなどの詳細なレプリカ「Fact Sculptures」をメインに展示。「Fact Paintings」のモチーフには、ハーストの作品に繰り返し用いられてきた蝶やダイヤモンドの他、友人や家族といった親しい人々のポートレートも含まれ、ハースト自身の人生やキャリアの重要な瞬間を切り出したものとなっている。「Fact Sculptures」には、大量消費を想起させるものだけでなく、消毒剤や防護服などCOVID-19との関連性がを感じさせるものも。医療用品をモチーフとした過去の作品は、パンデミックという文脈に置かれて新たな意味を持つことになった。本物と区別のつかないような精巧な絵画や彫刻を並べることにより、「ファクト(事実)」というタイトルが示すように、現実との境界を考えさせるような展示となった。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Prudence Cuming Associates
第2弾では、ギャラリー内を黒い蝶の柄の壁紙で覆い、暗闇と死、過去と未来をテーマに、独特のダークな雰囲気を演出。死体や骸骨を丁寧に描き出した「Relics」シリーズ、本物のハエを貼り付けた「Fly Paintings」などを通して、生死や人間の存在について問いかけた。写真中央の立体作品《The Martyr – Saint Bartholomew(殉教者、聖バルトロマイ)》(2019年)は「Relics」シリーズの記念碑的作品で、生きたまま皮を剥がれた聖人の像。西洋美術では伝統的にエコルシェ(人体を解剖学的に理解するため、皮膚がなく筋肉があらわになった人体像)というものがあり、そうした芸術的慣習への敬意も感じさせる。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Prudence Cuming Associates
そして第3弾となる今回は、緊急車両や動物の皮などさまざまなものをインスピレーション源として、警告、危険、犯罪、救助、死といった体験や感情をテーマにした絵画、写真、彫刻を展示。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Prudence Cuming Associates
2014年から2016年にかけて制作された「Emergency Paintings」シリーズは、緊急車両に施されたデザインが基になっている。警告の意味が込められた色使いに衝撃を受けたハーストは、見かけた車両をスマートフォンで撮影し、ストライプ模様を絵画に展開した。危機感を力強く表現した作品群には、ミニマリストたちの抽象画を彷彿とさせるものがある。これらの作品と合わせて、ハーストが撮影した写真も額装して展示。写真はあれこれ考えることなく、とっさに撮られたものだということで、慎重に要素を抽出した作品との対比がおもしろい。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Prudence Cuming Associates
「Danger Paintings」(2016年)は、毒を持つヘビや海の生物など、危険な動物の皮膚をクローズアップして描いた油彩画シリーズ。潜在的に持っている危険を捕食者に知らせるための、体の色や模様に焦点が当てられている。自然に生まれたものを見ると、生物が本能的に危険を感じるのがどんなものなのか理解できる。緊急車両など人工的なパターンも、もとを辿れば自然にアイディアが隠れているのかもしれない。
「Seizures」(2021年)は、押収された違法薬物に関するメディア写真をもとに制作された彫刻シリーズ。ハーストは長年にわたり薬物への関心を示す作品を発表してきており、その延長線上にあるシリーズだ。パンデミックによりワクチンや治療薬のニーズが高まっている現在、摂取してはいけない薬としての「麻薬」に改めて目を向けさせようとしている。
展示情報
「Damien Hirst: Emergency Paintings, Danger Paintings, Hazard Pictures and Seizures」
会場:ガゴシアン・ギャラリー(ロンドン)
会期:2021年10月5日〜
❚ ガゴシアン・ギャラリー(ローマ)「Forgiving and Forgetting(許すことと忘れること)」
ローマのガゴシアン・ギャラリーでも、ハーストの個展「Forgiving and Forgetting」が2021年7月6日から10月23日まで開催された。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Matteo D’Eletto
新作のペインティングシリーズ「Reverence Paintings(レバレンス・ペインティング)」は、立体感のある白いキャンヴァスに明るい色の絵具と金箔を散りばめたもの。もともとは白一色のキャンヴァスに桜を描こうとしていたという。近年の作品群に影響を与えた点描主義や表現主義をさらに発展させてできあがった画面からは、鮮やかできらびやかなダイナミズムが感じられる。色合いや雰囲気は「スポット・ペインティング」にも似ているが、アクションペインティグのように身体の動きが強調されたシリーズとなっている。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Matteo D’Eletto
彫刻作品は、2017年にスタートしたプロジェクト「Treasures from the Wreck of the Unbelievable(難破船アンビリーバブル号の財宝)」の一部。第57回ヴェネツィア・ビエンナーレで、架空の難破船から引き揚げられた財宝というていで作品群と記録映像(こちらも作りもの)が発表された。航海、海中での発掘、調査など複雑に織りなされたストーリーを絡めることで、彫刻作品が持つ時間の概念も揺さぶろうとしている。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Lucio Ghilardi / Prudence Cuming Associates
彫刻作品はあたかも海底に眠っていたかのように、リアルなフジツボやサンゴで覆われている。しかもポルトガル産のピンクの大理石と、イタリア・カッラーラ産の白い大理石でつくられており、古びない高貴な雰囲気を漂わせている。にもかかわらず、古典的な胸像などに紛れてディズニーのキャラクターを模したものが混じっているために、難破船の財宝というのは明らかにウソだということが分かる。本物のようで本物でない、ハーストらしいユーモアの効いた作品だ。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2017
Photo: Prudence Cuming Associates
なお、ルネサンスやバロック期の良質なコレクションで知られるローマのボルゲーゼ美術館では、同時期(2021年6月8日〜11月7日)に「Archaeology Now(考古学、いま)」展が開催されており、ハーストによる80点以上の絵画と彫刻が展示されている。古代からの歴史ある都市ローマでも、ハーストの作品は存在感を放っている。
展示情報
「Damien Hirst: Forgiving and Forgetting」
会場:ガゴシアン・ギャラリー(ローマ)
会期:2021年7月6日〜10月23日
❚ Annabel’s(ロンドン)フリーズ・ロンドン2021記念特別展示
イギリス最大級のアートフェア「フリーズ・ロンドン」。2020年は新型コロナウイルスの影響で中止を余儀なくされたが、2021年は10月13日から17日にかけて無事復活を果たした。その開催を記念して、ロンドンにあるプライベートメンバークラブ「Annabel’s」が、ハースト自身のキュレーションで未公開作品の特別展示を行った。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Prudence Cuming Associates
会員と招待客のみが鑑賞できるこの企画のために、ハーストは前述の「Treasures from the Wreck of the Unbelievable」シリーズを中心に未公開の作品を厳選。レセプションで迎えてくれるのは、フジツボに覆われたミニー・マウスとグーフィーの大理石彫刻、そしてホルマリン漬けの鳩を使った作品《Peace(平和)》(2009年)。

Artwork © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2021
Photo: Prudence Cuming Associates
他にも、Annabel’sのゴージャスな内装にマッチした金銀の作品が配置された。もともと壁紙や蛇口など随所に動物モチーフのものが見られることから、ハーストも猫や鳥、ヘビなど共鳴するような作品を多く選んでいる。大人気の現代アーティストの作品をほぼ会員だけで独占鑑賞できるとは、うらやましい限りだ。
展示情報
ロンドン・フリーズ2021記念特別展示
会場:Anabel’s(ロンドン)
会期:2021年10月11日〜10月24日
ANDARTでは、オークション速報やアートニュースをメルマガでも配信中。無料で最新のアートニュースをキャッチアップできます。この機会にどうぞご登録下さい。


参考:
https://gagosian.com/exhibitions/2021/damien-hirst-emergency-paintings-danger-paintings-hazard-pictures-and-seizures/
https://gagosian.com/exhibitions/2021/damien-hirst-fact-paintings-and-fact-sculptures/
https://gagosian.com/exhibitions/2021/damien-hirst-relics-and-fly-paintings/
https://blackbookmag.com/arts-culture/opening-damien-hirsts-emergency-paintings-danger-paintings-hazard-pictures-and-seizures-at-gagosian-london/
https://gagosian.com/exhibitions/2021/damien-hirst-forgiving-and-forgetting/
https://www.artribune.com/arti-visive/arte-contemporanea/2021/10/mostra-damien-hirst-roma-gagosian/
https://fadmagazine.com/2021/10/12/new-exhibition-showcases-previously-unseen-damien-hirst-artworks/
文:ANDART編集部